特別緊急通報プログラム
もちろん、人工知能専門家側もできることはある。自分自身の分野においてのみならず、他分野に対しても。
「映像なら」
自身の声が思いのほか穏やかそうに響いて、寿仁亜は内心少し満足した。
「もっとよく見えるようになるように、僕たちもやってみましょう。……よりクリアな映像にも、できるかと」
「助かります」
理は律儀に頭を下げ、てるるもぺこりと、あえるは黙っているだけだったが悪からず思っていることは伝わってきた。
違う専門分野同士が連携している――現代では、それはほとんど否定される概念。ひとつの問題に、ひとつの専門性。複数の専門性が協力して動くことは、ありていに言って、時間の無駄だとされる。
寿仁亜はずっと、無駄ではないと思っていた。一生懸命に話し合う若き他分野の専門家たちを見ていると、自分の想いが証明されつつある気がする――なぜ、専門家同士は連携することをやめてしまったのか。なぜ、……高柱猫は、教養というものを噛みつくかのごとく否定したのか――。
午後、夕方の近づく新時代情報大学は、機械鳥の鳴き声だけがいつも通りで、遠くにほんのすこしだけ学生たちの気配がある。対策本部の作られたこの研究室がある研究棟は、一時的に立ち入り禁止になり、だから学生たちがそばに来る気配はなかったが、そもそも優秀者の少ない新時代情報大学では教授陣のもとに頻繁に訪れる学生も少なかった。
映像を気にしながらも。
人工知能専門家の冴木教授と弟子たちがやるべきは、春から夜にだけ送られてきていたプログラムのチェックだった。……冴木教授は公園内部の映像化プログラムに取り組んでいたし、寿仁亜はじめ弟子たちは犯人たちのハッキングに対応し逆探知をしていたので、後まわしになってしまっていたのだ。
春から送られてくるプログラムをある程度は既に信頼できた、という事情もある。
彼のプログラムは学生時代と変わらず独特だったが、学生時代と比べると飛躍的に安定していて、驚くべきことにミスもひとつも見当たらなかった。学生時代から独特だがなぜかきちんと動くプログラムを組んでいた彼は、しかし、それでも学生時代にはミスがたまにあった。
……今回はゼロにしてきている。
なにか、圧倒されるような感覚を覚えたが――そこまで精度を上げてくれていると、ともかく今回助かるのは確かだ。
だから、基本的なミスならば発見できる自動チェックにかけておいた。
そちらで発見されたミスはなかったが、Necoプログラミングは対話型のプログラミングだ。ローカル言語と同じで、たとえば、言葉のつづりや文法的なミスがなくとも、言わんとせんことがぎこちなく伝わってしまう、それだけならまだいいが最悪の場合間違って伝わってしまう。人間どうしのコミュニケーションにも頻繁に起こる難しさが、人工知能のなかにも特にNecoに関してはあった――だからこそ、ひとの目でのチェックが必要となり、……現代においてもなおプログラマーやシステムエンジニアという役割が必要とされる。
春のプログラミングをチェックし、冴木教授も含め、ここにいる人工知能専門家の全員で分析していく。
……けっきょくのところ。
これは、なにをしようとしていて、Necoになにを指示しているプログラムなのか。
いっとき、意見が割れたりもしたが――おおむね結論は出た。
これは、おそらく、……通報のプログラムだ。
それも特殊な場合にのみ限られる――通報者の社会評価ポイントを担保とした、緊急の、……倫理監査局をいったんパスしてNecoにダイレクトに通報する、特別緊急通報プログラムだった。
通報者側にリスクが高く、のちの倫理監査局との手続きが煩雑となるためいまではめったに使われない――だいたい、そこまで緊急の通報をする必要もなくなった世の中だ。ひとむかし前の、混乱した、過渡期の、……人間の人間に対する暴力がまだ路地裏などで平然とおこなわれていたころとは、違って。
ずいぶんとオールディな手法を使った、独特のそのプログラムを――「相変わらずだな」と冴木教授は一見馬鹿にするように、愉しそうに唇を歪めて、……寿仁亜も同意するために、微笑んだのだった。
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