各人の反応

 各々が、人権侵害の映像に対して当然の反応を示す。……見てはならないものを見ているのだという、なんとも言えない負い目のようなものを感じながら。




 ジェシカ・アンジェリカは愕然としていた。


「なんてことなの。犯人は、猟奇的で、変態趣味の持ち主なんだね。人権がグロテスクに扱われているよ。こんなの見てられない――可哀想」


 金出佐見槻は、頬杖をついて苦笑のように口もとを歪める。


「や。猟奇的っていうか、変態っていうか。ありえないよな、なに考えてんだか、ひとの人権弄んで楽しいですかってか……」

「楽しいと即答できる下劣な人間もいますけど」


 木枯木太は普段とほとんど変わらない表情で、しかしその実、普段より強張った表情で先輩の言葉に応える。


「その類の下劣なやつらは、普通、もう人間じゃなくなってるはずですから。俺も下劣なやつらに立場、わからせたことあるから知ってますけど。……ったく、だからまあ、犯人どもが普通じゃないってことなんでしょうけど」


 山月理は武道を修めた者のように、顔と身体の表面に静かに怒りを表現している。


「……許せない。人として、間違っている」


 大屋てるるは、目を逸らした。


「やだ、もう、見てられないっ……現代でこんなひどい事件が起こるなんて、間違ってるよ、いまはなに時代⁉」


 植木あえるは、同輩に対して不器用に言葉をかける。


「……新時代だよ、旧時代ではない、おかしいよね。おかしいと思う」

「そうだ――」



 寿仁亜はなかば、ひとりごとのようにつぶやく。……他人とおなじ空間に居るときの彼としては、珍しく。



「おかしい。あってはならない。現代で……こんなことは……」



 ――まるでそれは旧時代における、虐殺。戦争。テロ。

 あってはならない、とみんな言っていたこと。

 時代が過ぎれば、ないだろうと。みなが、あっけらかんと信じていたこと。



 けれども実際には起こること。起こりえない世界で起こってしまった、そんな事件の最初の目撃者はきっと、きっといまの自分たちとおなじような気持ちとなっているに違いない――ありえなかったはずのことが、間違っていると判明したはずのことが、あまりにも時代遅れであることがしかし、目の前で起こっているときの、……恐怖、混乱、絶望感。



 ……叶部素子がひとり、準備室に向かった。なにも言わず。彼女はなにも言わなかった――秘書として、ふさわしく。

 こぽこぽ、と飲みものを淹れる音が、すぐに耳に響く。あまりに日常的で、だからこそ、こんな状況下だとまるで非日常のように響く音。

 それは彼女の本当の意味での動じなさか、プロフェッショナルな秘書としての矜持か。どちらもありうるがしかし、……後者だけではないのかもしれない、彼女もこの状況に少なからず動揺していて……言葉を発する代わりに、ひとりになりたくて仕事のふりをして、部屋の奥に引っ込んだのかもしれない……。



 人権が、きちんと、あまりにもきちんとまもられる世界で、研究室のひとびとが目にしている光景は旧時代における虐殺現場にもひとしい。ある意味では、間違っていない――人権がいま、いわば、虐殺されているのだ。



 人権の虐殺に、人権をいっぱいいっぱい持っている優秀者たちは、絶句せずにはいられない。



 冴木銀次郎教授は黙って――面倒を見た学生が、……ぐじゅぐじゅに蹂躙されるのを、みている。みている。みている。……いったい、なにを考えているのだろうか、考えるのも――疲れてしまいそうだ。



 くすんだ、……色彩のすっかりくすんだ研究室。

 重たい、どろりと重たい空気のなか。


 奏屋可那利亜が、深い深いため息をついた。そうしてみると、失礼な話、年相応に思える。

 そして可那利亜は――そばに座る寧寧々を、じっと見据えた。疲れたようでいて……そうでもない。いったい、どうするのよ、とどちらかと言えば焦っているような様子で――。


「……ネネ、どうなのよ」

「いや……私は……」


 きっと、ここにいるみなが、もうこの事件は無茶苦茶だ、起こってしまった、あとはどうしようもないと思っているのだろうと。

 ……寿仁亜は、たいして疑いもなく、深い疲労感と諦念とともに、あとは事件の後始末をどうにかせねばいけない、という思考に、シフトしかけていたのだが。


「そうだな……みんなお通夜みたいになっててさ、ネネさんちょっと言いづらいんだけど」


 間が、一瞬あいた。



「春なら、どうにかするだろう」



 この場の空気、そして寿仁亜の思考とはまったく別のことを言い出したのは、……春がここに呼んでほしいと自ら伝えてきたという、高柱寧寧々、そのひとだった。

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