わっかちゃんがわっかちゃんである理由

「――なるほどお!」


 番組が滞りなく流れはじめてほっとしたことも手伝っているのだろう、ナレーターさんはぱっと、明るく張りのある声でわっかちゃんの思いきり画面や視聴者に向けても広げた、つるつるの肌色のおなかを、画面や視聴者に向けて邪魔にならない絶妙な角度でしゃがみ込んで覗き込んだ――そこには、わっかちゃんがわっかちゃんという名前である理由が、はっきりと存在していた。


 わっかちゃんは、いくつかの大事なところにわっかをつけられていたのだ――上半身のほうにも、下半身のほうにも。

 飛び出たところとへこんだところに……黒くぬめるような輝きのしっかりしたリングが、通されている。

 色白な身体ときれいめな顔に、黒いリングは決定的に、目立っていた。


 ああっ、すごい、そういうことか――。

 化は感動した。電流が走るかのような快感が、身体の奥に、骨の髄まで、はしった。


 わっかをつけられちゃってるから、わっかちゃんなのか!


 ……それに。

 かわいい。

 わっかをつけた、わっかちゃん、かわいい、とってもかわいいねえって――化の感情は、ポジティブに、爆発しそうだった。


 それに、わっかちゃん。折れそうなほど細い足なのに、ぷるぷる震えながらもきちんとちんちんの体勢を保つことができている。

 ……前半の紹介動画でもちらっと出てきた、しつけの場面を思い出す。わっかちゃんは、まだまだ反抗的とはいえ、あの細い足でしっかりとちんちんができるようになるには、よっぽど練習したのだろう。体操の選手だという飼い主さまと――筋肉の使い方といい、犬の身体の使い方といい、それこそ、……いっしょに繰り返したのだろう。


 そう思うと、ますます、やっぱり、かわいいなって――。


「わっかをつけられちゃってるんですねー! へええ、かわいい……」


 ナレーターさんは黄色い声を上げて、でもどこか理科の実験のときに対象物を見下ろすような興味深そうな声色で感想を言って、満面の笑みをつくって、かわいいねー、と思いきり、嬉しそうな声で言った。

 わっかちゃんはちんちんの格好のまま睨み上げるようにナレーターさんを見上げて、でも、すぐにふっと視線を逸らした。

 ……そういえば。わっかちゃんは、人間だと間違えられていたころはきっとナレーターさんと同年代だったんだろうな、と化は思った。


 ナレーターさんは立ち上がる。


「どうしてわっかちゃんにわっかをつけようと思ったんですかあ?」

「リングを嵌めるのが僕のずっと密かな夢でして……」


 ポメラニアンタイプの人犬のわっかちゃんよりずっと、何倍も身体の大きなずんさんは、遥か高みからわっかちゃんのリードを握って照れるように、どこか火照った温度で嬉しそうに言う。


「リング、かわいいじゃないですか。なんか、丸くてぷっくりしたフォルムが愛らしいですし、……つけるとちゃんと人犬を支配できてますよって飼い主の証明みたいで」

「なるほどですねー。それは確かに、あるかもです。リングをつけていい子にしてると、あっ、このワンちゃんと飼い主さまのあいだにはちゃーんと信頼関係があるんだなって、なりますなります、思いますー!」

「ですよねー」


 そうだよねえ、と化も共感して笑顔でうなずいた。


「わっかも、家に迎えた直後なんかは信頼関係がなくて、……まあ、いまも紹介動画でお見せした通り完璧にいい子だとは言えないんですけど、最初のころなんかもっともっとひどかったんですよ、もう反抗的でですねこれが手を焼いて。紹介動画には入れきれなかったんですけど」


 化は興奮して、すぐさまNecoを呼んで起動した。


「わっかちゃんを家にお迎えした直後の動画は残ってないんですか? ぜひ見たいです!」

「……あっ、コメントがきてますよー。また、首都の匿名希望くんさん! 本日二回目の感想、ほんとにありがとうございますー」


 腰を折るナレーターさんの隣で、ずんさんも今度は、軽く頭を下げた。


「ええっとですね――『わっかちゃんを家にお迎えした直後の動画は残ってないんですか? ぜひ見たいです!』だそうですよー。いかがでしょうかっ、わっかちゃんの飼い主さま?」


 ずずいっと、ナレーターさんはすっかり緊張のほぐれてきた、どこかコミカルささえ感じさせる動作でずんさんにマイクを差し出した。

 ずんさんはびっくりして、でもその驚きは面食らったという感じではなく、自分には余る話が降ってきて驚きながらも嬉しい、といった感じだった。


「あ、えっと……! 残ってますよ、最初の動画も……! ただ、お恥ずかしいんですけど、僕がちょっと強くしつけすぎちゃったり、あとわっかもそのころはトイレもちゃんとできなくてエサも食い散らかしていて……お見苦しいかなって思って入れなかったんです」

「課金します! ぜひ見せてくれませんか?」


 Neco越しに化がコメントすると、コメントがスタジオに届いて、一瞬の間の後にナレーターさんはにっこりとして、ナレーターさんが化のコメントを読み上げて、コメントがわっかちゃんの飼い主さんにも届くと、わっかちゃんの飼い主さんも、にっこりとする。


「ええっ、もちろん、見たいと言ってくださる方がいらっしゃるならば提供させていただきますよ――」


 みたいみたいみたいよ、と化は半ばはらはらしながら、拳を握った。


「わっかちゃんの飼い主さま、もうほんっとに、ありがとうございますー! ……首都の匿名希望くんさん、視聴者のみなさん! このリアルタイム放送のあと、ノットリアルタイムチャンネルのトゥデイズアニマルで、わっかちゃんのかわいいかわいい動画がもっともっと見られる……かもですよー!」


 かも、と言っていたのは、まだ正式に話がまとまったわけではないから。

 でもナレーターさんとずんさんの反応から、これはおそらく提供されるだろうと――わかった。

 どの人間にとっても、ポジティブな結果として。


 番組終了後に、話をまとめるのだろう。

 動画の提供はもちろん報酬つきのはずだ。

 いっぱい、いっぱい、弾んであげてほしいと化は心底思った。

 ……いっぱい、いっぱい。かわいいかわいいわっかちゃんの映像を見られるように。


 なにごとも、言葉にしてちゃーんと、お願いしてみるべきだと。……化は、今日も一段とその価値観を、つよめた。


 ……わっかちゃんは。

 そのあいだ、画面と視聴者に向けてリングのついた肌色のおなかを晒して、ちんちんを、ずっとしていた。


 命令がないから、そのままだった。

 ぜったいにちんちんの格好も崩してはいけないのだ。

 それでこそ、ワンちゃんだった。かわいいかわいい、……人犬なのだ。

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