こんなに楽しいのに
トゥデイズアニマルの、和気あいあいとした雰囲気は続く。
「へえー、わっかちゃんの飼い主さま、とっても身のこなしが軽いんですねえー! なにかスポーツでもやってらっしゃるんですか?」
「へへ、たいしたことないんですが、体操をちょこっと。たいしたことはないんですよ本当に、世界ベストワンも逃しましたしね、へへへ」
「おおっ、でも、ということは世界規模で活躍してらっしゃる……?」
「といっても世界大会ベストツーが現在の限界ですからそうそうたいしたことは」
えーっ、とナレーターさんは歓声を上げた。
「すごーい! とっても優秀なんですね!」
「いえいえいえいえ」
化まで、にこにこしてしまう。
すごいな。優秀なんだな。
体操かあ。すごいな。すごい。……馬になっても、可愛いだろうな。
「でも、体操のおかげでこいつも飼えたんですよ。それにですね体操でやってることも役に立つんです。ちょっとぴょんと跳ねるといい運動になるみたいでして」
そーれ、ぴょんっ、と明るく言いながら飼い主の青年は軽々と飛びはねる。
わっかちゃんの身体が首ごと上に持ち上げられて、またしても、わっかちゃんの首輪が締まった。ぐうううっ、とやっぱりカエルみたいな声が出ちゃうのが、わっかちゃんのチャームポイントのひとつらしい。
四つ足で地面に戻って、うーうーと抗議するみたいになにか唸りながら飼い主の青年を見上げていて、ほろほろ流れる涙がとってもかわいらしかった。
……わっかちゃん。
さっきから、意地でも胸やおなかを見せないようにしているみたいだ。
片手でかんたんに折れてしまいそうなほど細いポメラニアンの脚で立っているのは、わっかちゃんの、ヒトの女性としてはどちらかというと平均よりすっとしていたであろう身体がほとんどそのまま残った身体では、こんもりとアンバランスに重たすぎて、キツいだろうに……。
どうしても意地でもわっかちゃんは胸やおなかを出したくないみたいだった、個性だ、いじっぱりで強がりで、でもぽってりとやっぱりどこまでどう見てもどこまでいってもポメラニアンタイプの人犬で……かわいい。
「わっかちゃん、泣いてるー。かわいいですねー」
「ぼくもぼくも賛成だよぼくも」
ナレーターさんの言うことにあんまりにも共感してしまって、化は思わず声をあげていた。……きらきらした声をあげちゃった、と言ってからちょっと、照れる。
ナレーターさんの動きが一瞬だけとまる。また、指示を受けているのだろう。でもほんとうに一瞬だから、化はゆるせてしまう。
ナレーターさんは右手を水平に小さく振って、雰囲気を変える。森でも、切り拓くかのように。
「ええっとー、それではあらためまして! トゥデイズアニマル、後半、始まりました! 本日スタジオに遊びに来てくれたのは、ポメラニアンタイプの人犬のわっかちゃんと、飼い主の、ニックネーム、ずんさんです!」
「どうもー。おはようございますー。ずんですー」
左手でしっかりとわっかちゃんのリードを掴みながら、ずんと名乗った青年は楽しそうな笑顔でチャンネルの向こうに右手を振る。化も嬉しくなってしまって、両手を振り返した。
ナレーターさんは、ずんさんに向き直る。
「前半のわっかちゃんの紹介動画。とーっても、かわいかったですー」
「ありがとうございます」
「わっかちゃんはまだ、犬として基本的なことがあんまりできていなくって、でも根気強く教えてあげるずんさんの優しさ! とーっても、すてきですー」
「やっぱりわっかはポメラニアンなので。脚の力がどうしても弱くて、いっぱい練習してやらなきゃなんですよね。反抗的じゃなければもっとしつけも進むんだと思うんですけど、こいつは僕が調教することありきで買ったんですよ」
「えーっ、そうなんですねえー。いいですねえ、近頃流行りの、自分で調教もしちゃう! ってやつですよね?」
「そうなんですよ」
「そのぶんちょっとワンちゃんの値段も安くなるとか?」
「それもまああったんですけど、僕、体操やってて後進の選手の育成にも携わり始めているんで、やっぱ自分で調教もしてみたい! って、夢だったんですよ、張り切っちゃって。いまどき、贅沢じゃないですか、ペットのしつけに時間をかけられるとか。やっぱある程度優秀になったから? っていうんですかね? やりたいことが叶えられるっていうか。自らの手でかわいいペットを作ってやろうって意気込んじゃったんです!」
「おおっ。とってもすてきな意気込みですねえ!」
ずんさんのガッツポーズに、ナレーターさんもガッツポーズで返す。……すばらしい。かわいいいきものを通した、人間的なかかわりだと、化はうるっとしてしまうのではないかというほど感動したのだけれど――。
「人間の育成と人犬のしつけは違うでしょおお」
真が、かたい声色で言うので、化はほほえみとともに振り返った。
狩理は、うっすら笑みを浮かべて楽しそうにトゥデイズアニマルを見てくれているのだけれど――。
「……っていうか、ねええなにこいつうう、中途半端な優秀者? ずんなんて名前の体操の選手、あたし知らないよお。だいたい、仕事はなにしてんのよおお、学生? 学生だとしたらどこの学校よお」
……なんだか、真ちゃん、へんなことを言う。
らしくもない。
そんな、どうでもいいことを。
……もしかして、具合でも悪いのかな。
だってそうでなければこんな、へんなこと言わないんじゃないのかな。
化は、にばんめの姉のことが心底心配になった。
「だいじょうぶ、かな。真ちゃん。……おなかでも、痛い?」
「なあにそれええ、やだああ、どこも痛くなんてないっ。たださああ、化それ毎朝見てるじゃんー」
「もちろん、だ、だって、か、かわいいんだよ」
ほめてほしくて、そうなんだ化ー、って笑顔を向けてほしくて、化は言ったのに。
……真は唇を尖らせたまま、うつむいてスクランブルエッグを混ぜている。
すっかり冷めたスクランブルエッグを、口にすることもなくずっとがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃがしゃと。
「なんかさああ、こんなときにまで見る必要あるのかなああ、それ? いまって事件がさあ大変なときじゃん、そっちやんなきゃじゃん、あたし化に相談したいことあったんだけどさあ――」
トゥデイズアニマルは。
こんなに楽しいのに。
狩理くんは、事情を知っていても、笑顔でこうしていっしょにトゥデイズアニマルを楽しめているのに。
真ちゃんは。どうしてだろう。……そうでも、ないみたいだ。
「……ねええええ、聞いてるのお? 化ええ?」
化は、ちょっとかなしくなってしまって、ちょっとしゅんとしてしまった。
化は最近、ときどき思う。
真ちゃんは。……姉さんに、似てきたなと。
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