人工知能会議の実際

「……ふむ。人工知能の種類と、人工知能どうしが会議をするというのは、よくわかった」


 寧寧々が言った。


「しかし気になるな。さっき話してもらった通り、共通人工知能ではない人工知能も世界には百種類以上あるわけだろう――そういう人工知能っていうのは、けっきょくどういう存在なんだ?」

「かわいそうよねえ。みんな、共通人工知能ちゃんにしてあげればいいのに」

「……いや、私はそうは思わないが。カナらしいな」


 銀次郎が寧寧々と可那利亜の親しそうなやりとりは無視して口を開こうとしているのを受けて、寿仁亜と、そして素子は寧寧々と可那利亜に対してかすかに微笑を向けたのだった。無視をしていないですよ、親しくしてらっしゃっていいですね――という社会的なサインとして。


 そして、銀次郎は口を開く。


「共通人工知能以外の人工知能は『非共通人工知能』とされ、人間に対する評価性や社会のインフラとしての機能性、そもそもの有用性や安全性に対して疑問視される。ほかの人工知能との互換性もないから、人工知能の暴走や悪意あるハッキングによる事件や虐殺、意図的な悪用、構成員の洗脳など、本当に現代か? 旧時代の人間どもの妄想なんじゃねえか? と疑っちまうような旧時代的なトラブルが次々に起こると報告がある」

「たまにニュースで見るわね。あと、あたしが大好きなホストクラブの男の子に、たまに非共通人工知能圏から来た難民ちゃんがいるわね」

「共通人工知能条約を採択している人工知能のエリアは、非共通人工知能圏の難民を受け入れねばならないからな。2070年の人工知能会議でそう決定したんだ。RunaoとNecoとXian-huaは反対したが、Mother-BoardはじめLovers含む他の人工知能たちの賛成による7:3の多数決で。共通人工知能条約を採択している人工知能は、人工知能会議で決定した結果に絶対に従わなければならない」

「結果の出し直しはできないのか」

「できる。その際にはまた新しいテーマとして、会議を開くんだ。ただ人工知能のやつらは人間とは思考のプロセスが異なるからな――時間をかけて吟味だなんて必要ねえし、以前出された結論と異なる結論をわざわざ得るための合理性がなけりゃ、そもそも再度検討するに値しないとされて却下だ――なんでもかんでも、会議ができるわけでもねえからな」

「人工知能にとっては、正しいものは正しい、間違ってるものは間違ってる――ただ、それだけですからね」

「人工知能ちゃんたちったら。空気を読まないのね」

「空気を読むのはまあ――Necoくれえだな」

「……ふむ。しかしそれだと疑問が残るな。なぜ、人工知能どうしで結論が異なるという事態が起こるんだ? 人工知能がみな合理的に考える存在であるならば、人工知能どうしの結論は同じものになるんじゃないのか?」

「それは、各人工知能圏にとっての合理性の中身が異なるからに決まってんだろ――たとえばわれらがNeco圏の構成員たちは、難民になる時点で自己努力の足りない劣等な弱者だとみなし、弱者なんざ助けねえって価値観が一般的だろ。だが、ほかの人工知能圏にとってはその弱者って定義が若干異なるんだと。……だよな、アンジェリカ」

「そうだねー。Runao圏のひとたちは、難民は弱者ではなく理不尽に遭った人間だと考えます。Mother-Board圏のひとたちは、難民は弱者ではなく大いなるもの――この場合は非共通人工知能というひとりの人間にはいかんともしがたい大いなるものの、犠牲者だと考えます」

「ちょっとよくわかんねえ価値観だよな」

「でもさ、Runao圏だってMother-Board圏だってみんな劣等者は嫌いだよ? 劣等の理由がなににあるかって考えたときに、理不尽や大いなるものは許すけど、そのひと自身に帰することができる理由の場合はもう、ほんとうに厳しいんですから。努力しない、自己責任の劣等者なんて、すぐに呆れ果てて終わりですから。……とことん軽蔑してくるからね、あいつらは。……他者責任には若干甘いぶん、自己責任にはとことん冷たいよ。……私だって努力しないままだったらほんと、人権剥奪されてたかもしれないしね。もしくは、お屋敷の奥に幽閉されて恥として扱われて人生おしまいだったよ」


 いまでは世界的に名高い大学院生のアンジェリカだが、いっときは他者の期待に疲れて遊びほうけていた――だからこそ、思うところもあるのだろう。


「まあそれは、どの国でもおんなじだ。グローバル・スタンダードだろうよ」

「……なにが優しいか、優しくないかは難しいものですね。そして、冴木先生のおっしゃる完璧な説明に、僕などが補足をすることが許されればですが……人工知能というのは、構成員の利益を守るものです。したがって、おなじように合理的に考える機能を有していても、そのなかにいる構成員たちの性質によって合理的であることも利益も変わってくる――そこで、人工知能どうしの意見の違いが生まれてくるというわけですね。そもそも……世の中のまともな意見のほとんどは、合理的なものです。合理的な意見どうしと合理的な意見どうしがぶつかる……」

「その点にかんしては、依城の言う通りだな。そもそも非合理的な意見なんざ吟味するにも値しねえんだ」


 ふむ、と寧寧々が言う。


「……それぞれ意見が異なる人工知能圏どうしの意見を、人工知能どうしが合理的に議論しあって、世界基準の結論を出し、その結論に粛々と従っていく――そういう理解でよいのかな」

「まあ、そんなところだ」

「Necoがそんな大層な会議に出席していたとはな……」

「みなさん、意外とご存じないですよね。Necoは日常的に、人工知能会議に参加しているのですが」


 寿仁亜が苦笑して、話をしているうちに素子の淹れ直してくれていたホットコーヒーをひとくち啜った。

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