社会評価ポイントの評価式
「……春たちのことを考えると、たしかに、時間はあまりないが」
寧寧々は、なにか考え込む顔になった。
「Necoの機能を自在に操れるのであれば――それはずいぶん、効率的な気はするね」
「そうよね。いまみたいにいちいち、社会評価ポイントの没収とかをしなくていいわけでしょう――Necoの第一人者の先生。ずいぶんと、おくちが悪いようですものね」
くすっ、と可那利亜は意味深でちょっと意地悪な笑顔を銀次郎に向けてきたが、銀次郎はわざと気がつかないふりをした。
「可那利亜の言う通りだ。……それと。私個人としても、社会評価ポイントの話は、大変に興味深い。……私と可那利亜はじつは、人間未満にかかわる仕事もちょっと、請け負っていてね。社会評価ポイントの算出方法も、この機会に聞いておけるとのちのち役立つかもしれない」
「それも、そうねえ。ねえ、冴木先生? 説明してくださる?」
銀次郎は、髪をくしゃくしゃと掻いた。
「いいのかあ? そんな時間あんのか、素子……」
「悩ましいところではありますが……来栖くんからのプログラミングは依然、止まったままですー」
全員のプログラミング画面は、ぴくりとも動かない。
寿仁亜が控えめに言い出す。
「いま送られてきているぶんは、チェックも既に終えてしまいました。来栖くんのプログラム、よくできていますね……いまはとくに指摘するべきところ修正するべきところもないです。相変わらず、ユニークであるとは思います」
「そうか」
銀次郎は、簡潔に相槌を打ったが。
……寿仁亜がそう言うからには、それはそうとう、よくできているということだ。
「ここまで送られてきたプログラムから推測するに、このプログラムはおそらく……どこかへ更にコネクトするためのものでしょうが……まだ定義段階なので、なんとも言えません。来栖くん自身がプログラムで使う言語と、コードの定義がほんとうに最初だけ書かれている状況ですよね」
腕組みをする銀次郎と、銀次郎の弟子たちはそれぞれ沈黙で寿仁亜の言葉を肯定した。
「いま、まだ社会はあんまり動いていない時間帯ですー」
時計は、朝の六時前。
「僭越ながらみなさまに申し上げれば、効率的で合理的に考えれば、ここで休憩をとられるか仮眠をとられるか、なさったほうがよろしいかとー」
「あんまり眠くはないんだよな。駆けつけてきたからか、目が冴えている」
「あたしもお」
「冴木教授が休むのだと言うならば、引き止めはできないが。春からのプログラムを待機しちょっと休憩するがてら、社会評価ポイントの話を聞かせてくれないか」
寧寧々と可那利亜の言葉に、銀次郎はちょっと馬鹿にしたような笑みを向ける。
「ずいぶんと洒落た休憩じゃねえか」
可那利亜は肩をすくめるが、寧寧々は素子の淹れたコーヒーをひとくちすすって
「……春がプログラミングを止めるからには、なんらかの理由がある。あんなに幸奈を、……彼にとって大切なひとをどうにかしたがっている春なんだ――わけもなく、止めるわけがない。……私はどうせプログラミングのことはわからない。だったらせめて、私とカナの視点から役立つ知識を――冴木教授のご存じの、社会評価ポイントの評価式について伺っていたいんだよ」
「あたしも、それは賛成かもお」
「冴木先生。いかがですか。別分野ではありますが大変優秀でいらっしゃる寧寧々さんと可那利亜さんが、このようにおっしゃっているのですから……」
「ああ、わあった、わあったよ。……来栖のことはどうもおまえら、詳しそうだ。ヒントになるってーなら、特別に説明してやる」
「みんなは、眠ければ休んできたっていいんだからね」
寿仁亜は、きらきらした笑顔を後輩弟子たちに向けたが。
「や。俺も、眠くないっす。いつも会社で徹夜みたいなもんなんで」
「私はついさっきまでMother-Board圏でペリーとデートしてたんだから。Mother-Board圏とこっちとは時差ってもんがあるんだよ。だからぜんぜん、眠くない」
「……俺もまだ、いっす。自分だけ寝るのとか落ち着かないんで」
「みんな、ほんとうにいいのかな? 遠慮も無理もしないでね」
寿仁亜は相変わらず、きらきらとしていた。
「とりあえず電源は落としとけ。いろいろやっぱ、面倒だ」
「先生がそのようにおっしゃるのであれば」
寿仁亜は、にこやかな笑顔のままNecoに対する管理者権限のコマンドをつぶやいた。
すると――すっ、とNecoのランプが消える。
にゃーん、といつもの可愛い声も、なんにもなく。ただただ、まるで普通の機械であるかのように、すうっと――。
「……うっそ」
「ほんとに――Necoがオフになったな」
可那利亜は目を丸くし、寧寧々もあまり変わらない表情の奥で驚いているようだった。
「……いつでも、どこでもできるわけじゃねえぞ。ただ、俺の研究室でこのメンバーだったら、できるというだけだよ。それと、ありゃあ監視のランプが消えただけだからな。全部が全部Necoが機能していない、というわけじゃねえが――まあ、監視機能を停止させるのを俺たちは一般的にNecoの電源をオフにすると表現するんだ」
そして。
すでに社会評価ポイントの評価式については、Neco分野として当たり前に押さえている後輩弟子たちは春のプログラムを解析したり読み込んだりしつつ――銀次郎とそしてサポート役として寿仁亜と素子は、寧寧々と可那利亜に社会評価ポイントの評価式について説明を始めるのだった。
「いいか。社会評価ポイントというのは一般的感覚からすりゃあ年度末に降ってくるその年の社会評価を数値化したものに過ぎねえだろうが、Necoからすりゃあ、ちゃんと算出方法があるんだ。……その評価式ってーのは高柱猫が考えたものの発展形だが、用語さえ押さえちまえばびっくりしちまうほど単純だよ。こんな単純な理屈で実際に社会が動いてんのか、ってな」
銀次郎はNecoに対するコマンドをつぶやいて、部屋に仮想的なホワイトボードを表示させた。実体はなく、この部屋に張り巡らされている光源から光を出してNecoがつくってくれているボードである。
寧寧々と可那利亜は、現れたボードを興味深そうに見ていた。
「ふむ……Necoの電源を落としても、ボードは出てくるんだな」
「Necoの機能すべてを成り立たせねえわけじゃねえ――監視機能を一時的に停止させるだけだ。ツールとしてはいつも通りに使える。ツールとしての働きをしてくんなけりゃあ、不便で不便で、仕方ねえからな」
「なあんか、よくわかんないけど。便利にできてるのねえ……」
銀次郎はボードに、指ですらすらと評価式を書いた。
(
O=
TS=
SS=
C=
GPP=
SAP=
「……見慣れない式だな」
寧寧々が顔をしかめる。隣でうんうんと、可那利亜もうなずいていた。
「これで、実際に社会は動いてんだがな。こんな基礎的なことも知らずに社会のやつらが生きてると思うと、俺ぁ恐ろしいよ」
「それを言ったらそちらも、細胞がどのように分裂していくか、どのように再生していくかも知らないだろう? その理論が実際に人権未満にも適用されているわけだし、だいたい冴木教授、あなたのものも含めて人間というのはつまり細胞の集合体なんだがな」
「んなの興味もねえ」
「だろう。つまり、お互いさまだ」
まあまあ、と可那利亜が愛想笑いをつくって、渋い顔で腕を組む寧寧々をなだめた。
「冴木先生? 続けてください。あたしもネネも専門が違うから、ほんとうに知らないの。だから、あたしたちにもわかるようにね」
「んなこた、わかってる。俺はこれでも大学でなんにも知らねえペーペーの新入生どもにだって教えてんだぞ」
銀次郎はため息をつき、どうにか気持ちを持ち直して話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます