ゆるしのフェーズをどんどん進めて、そして

 影さんは、歯を食いしばったような顔をした。

 それは、悔しそうにも見える表情だった。おかしいな。そっちが悔しがることなんか、……なんにもないはずなのに。


「ゆるしません。このひとを!」


 もうとっくに知っていることを影さんがもういちど言って、でもそれはどうやら決め言葉のようだった。その赤く光る指が、レーダーのように僕の胸を照らす。僕の胸で、そのピンポイントな光は円形に広がる。


「これが、司祭の結論です。司祭の結論は、この罪人の胸に、刻みつけられました。司祭が、このひとのことをゆるす、と、ゆるしのフェーズの期間中に、あらためて言わないかぎり――この赤い光は、このひとの胸から、けっして消えないでしょう! そして、それは、このひとの滅びを、意味するのです!」


 広場のひとびとは、影さんの説明に聞き入っている。全身を傾けて、共感、あるいはすがる素振りを見せながら。


「赤い光がたまり、青い光が足りなければ、このひとは次のフェーズへ次のフェーズへ、移行していくのです――そして、その結論を決めるのは、みなさまひとりひとりです!」


 なるほど、ここにいるひとたちに説明しているからだろうか、道理でいまのこのひとの言うことはわかりやすい。

 要は僕をゆるしていいと思えば青い光が僕の胸に向き、なんらかのかたちで記録され、そうでないと思うのならば赤い光が同様に僕の胸になんらかのかたちで残るのだ――そして僕をゆるせないひとびとのほうが多かった場合、……このサクリィゲームとやらは、そのまま進行していく。



 しかし、これは。……ゲームと、題されてはいるけれど。



「司祭は、昨夜、すでにみなさまに、説明いたしました――この状況を切り抜けるには、虹の神さまは、犠牲、サクリィをお望みである、と! ――このなかからひとりはサクリィが出なくてはならないのです。でしたら、ふさわしいのはきっと――みんなが、ゆるせないような、ひどいひと。そんなひとこそを、選ぶべきではないでしょうか!」



 そうだ! と、広場のだれかが立ち上がって叫んだ。

 ほかのひとたちも、何人かそのまま立ち上がって。

 生け贄を捧げる。

 そうすれば自分たちは救われる。

 救われるのだから。……それだから。僕という男ひとりを、さっさと生け贄認定してしまえば――助かるのだと、そんな喜びを胸いっぱいにしている、そんなふうに、……僕には、彼らが見えたのだ。


 ……拍手喝采。まるで、正しいのは彼らで、……このなかでたったひとり圧倒的に間違っているのは、僕だと言わんばかりに。



 なるほど――そういう、構造なのか。この世界は。

 異変の起きたあとの世界。みんな、助かりたいと思っている。ぶじに、もとの世界に戻りたいと思っている。

 そのためにはひとり――生け贄を捧げろ、と。なるほど、なるほどな――いかにも、化と真が、好みそうなことじゃないか。


 そしてあからさまにその生け贄のターゲットは、僕――そして最終日にはこの世界で生け贄を殺す。そのあとにいったい彼らはなにを望むのか。あいつらが、南美川さんを人犬という生き地獄に堕としたあいつらが、そのままあっけなく僕の命が終わることを望んでいるとは、……どうにも、思えないんだよな。それよりもつらいことを、あいつらは、知っている。そして僕を単純に殺すためだけにこんな大がかりなことをするか――ふたりとも、あんなにも優秀なのに。



 ……そして、そのあと。

 ゆるしのフェーズとやらが、始まった。


 広場のひとびとは、影さんがさっきやっていた方法に倣って、僕をゆるすかゆるさないか判定する。……揃いも揃って全員が赤い光。

 なかには、ためらうひともいた。けれどもまわりのひとたちの、ゆるさないでしょう、当然ゆるさないですよねえ、という眼差しに圧され、……けっきょくは、僕に赤い光を向けるのだった。


 黒鋼さんと守那さんも、いた。

 ふたりは、僕とすこし知り合いだったということさえ思い出したくないとばかりに――黒鋼さんは馬鹿にするような冷笑を見せて、守那さんはまるで虫でもさわるかのような嫌悪感を見せて、僕の胸をすっと指さし、赤い光を、向けてきた。

 ……さっき僕をここまで連れ出してきた男ふたり組はともかく、このひとたちは葉隠さんがここにいないことを当然意識しているはずだ。いま、ここには、葉隠さんも南美川さんもいないというのに。いっさい、影さんはそのことにふれなかった。

 このゲーム的に、ふたりの不在はどういう意味あいをもつのだろうか――そんなこともそういえば考えなければいけないと、ふと、思い当たったのだった。


 そういえば、ミサキさんもいない――。



 ともかく、続いた。ゆるしのフェーズは、そうやって、ずっと。

 何十人ものひとたちが、僕を嘲笑うかのように、汚らわしそうに、かかわりたくもないとばかりに、僕をゆるさないと、宣言し続けた。

 なかには、いろいろと言ってくるひともいた。どうして、助けられたひとを助けなかったんだ。どうして、Necoプログラマーなのにこの世界を助けられなかったんだ。僕はそういうときにそうですねと薄く笑うだけにとどめた――それが相手の神経を逆撫でする、とわかっていても。いや、……そうすることで相手が結論を早めるという効果を狙っている意図は、あったかもしれない。



 ……時間がないのだ。

 自分に投げつけられる、いろいろな責める言葉、罵り、嘲り――そういったものひとつひとつがまったく堪えないといえば嘘になったが、でも、……そういったものにいちいち反応している時間も、ないのだ。



 そういうわけで。

 ……満場一致、ひとりの例外もなく、僕をゆるさないと決まったとき。

 この世界の時間は――まだ、夕暮れの気配が明るい青空に溶けはじめた、そんな時間帯なのだった。


 ゆるしのフェーズは、昨日の半日と、予定通りであれば今日をまるまる用いることになっていたはず。だからやはり、……だいぶ、時間を早められたのではないか、と思う。

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