クラスの団結のきっかけ

 学校の、教室で。

 ブレザーだけならともかく、ベルトも外して、視線のど真ん中に、立って。

 こんな多くのクラスメイトたちの視線に晒されるというのは、……思った以上に、胸のつかえるものだった。吐き気がしそうなほど。


「……やだ、恥ずかしがってるの?」


 僕は南美川さんを見た――こんな状態にされて、そうならないほうが、……まともじゃないと、思うけど。

 そんな気持ちまでまるで見透かしたかのように――彼女は、くすっと笑う。


「あのねえ? 劣等者は、恥ずかしいって気持ちを持っちゃ、駄目なんだからね。恥ずかしいと思うことも、プライバシーの権利のひとつなのよ。シュンはこれから劣等者として生きていくんだから、恥ずかしいことを恥ずかしいって思わない訓練も、してかなくっちゃね……あははっ!」


 ……なにが、そんなに、おかしいんだ。

 問いただしたいけれど、僕にその権利は――ない。


「さあ、早く、続きもやっちゃってよね」


 あんまり遅いとうちら退屈しちゃうからー、と、奏屋さんの間延びした声があって、そうそう、と南美川さんは嬉しそうに、うなずいた。


「ズボンを先に脱いでもいいし、ワイシャツを先に脱いでもいい。……どっちにしろ、お間抜けなすがたになるだろうでしょうけど。あ、でももしシュンがそうしたいっていうならね、先に下半身はぜーんぶ脱いじゃうとか、靴下だけは残しとくとか、そうしたっていいのよ……どうかしら?」


 どうかしらもなにも、ない。

 僕はしかし、そんな決断を迫られているのだ――つまりこんなふうに人の目があるというなかで、どこから脱ぐかなんて、……そんな、くだらさなすぎる、唾を吐きたくなるような、選択を。


 ……どっちが、ましか。

 すべて、ろくでもない。と、いうか、最終的には、……どうしようもなく、ろくでもない。わかっては、いたけれど――でもまだズボンを先に脱いだほうがましかなと僕は判断した、……上半身だけ脱いでしまうというのも、変態みたいだし。

 そこまで考えて気がついた。僕のやろうとしていることは、変態らしくもある。僕はそんなことない。いたってまともな趣味をもっている。それなのに。それなのに――そんなことを強要されるというのはそうか、……こんな、いますぐ自分を消したくなるような、衝動に、駆られるものなのか。



 僕は、制服のズボンに、両手を、やった。

 南美川さんの鋭い視線と、鋭い声が、飛んでくる。


「ねえっ。決めたの?」

「……はい」

「決めたなら、報告してよね。ほら。どこからいくのか、宣言してよ」

「……ズボンのほうから、……いきます」

「いくって。なに。これからアンタはなにをするわけ? はっきり言葉にしないと、わからないわよ」


 僕は、唇を、噛み締めながら。


「ズボンから、脱ぎます」

「はーい、よく言えまちたねー。……さっさとやってよね。ほら。早く。なに、ためらってんのよ。さっさとやれよ!」


 こんなわずかな時間でも豹変する、おそろしいテンション――僕は蹴られないうちにと思って急いでズボンを脱いだ、……そうすると、もう、下半身は、社会生活で通常そうであるようなまともな格好では、いられない。



 一瞬、教室が、しんと静まりかえった。

 ……そして南美川さんの笑い声をきっかけに、一気に爆笑の渦が起こる。



「脱いだ、ねえみんなっ、こいつ、ほんとに脱いだねっ」



 気持ち悪い、と女子は言った。

 貧弱だな、と男子は言った。

 トランクス、趣味が悪い、と女子は言った。

 情けないな、と男子は言った。

 どうしたらこんな気持ち悪い存在になれるの、と女子は言った。ぜったい童貞じゃん。

 まあまあ劣等者だからしょうがないだろ、と男子は言った。こんなやつ、彼女できるわけないじゃん。

 そうだけどさあ。ほんと、こうしてみるとキモいね。しかも能力もないんでしょ。最悪。どうしてこんなやつがうちのクラスにいるの? 完全に嫌なんだけど。嫌すぎて私、泣きそうなんだけど。あははっ。うそ言えー。うそじゃないよ! みんなだっていやでしょ、こんなんがおなじ集団にいるだなんて! それはそうだけどさ! 涙流してこの童貞シュンくんが誤解しちゃったら、どうするのよ!

 女子、すげー。盛り上がってるー。でもたしかに。俺もこんなゴミとおなじクラスだというのが嫌なのは、同感。ああ、俺も、僕も、自分も。だよなあ! つーか俺たちまだ、このクラスになって、あんましゃべったことなかったけど、みんなおんなじように思ってるみたいで、安心したよ。あきらかに童貞シュンくんだけ浮いてるだろ、……おい女子の言葉そのまま使ってんじゃねーよ、えっ? いいじゃん。とか言っておもしろがってるし。そりゃそうだろ。ぎゃはははは。

 男子もたいがいじゃんー! 超、盛り上がってる、つか、ひどー。でも、つか、たしかに。うちら一年のときに仲よかった場合は別としてさ、あんましここまでしゃべったことなかったよね。ねー、でもよかったー、じつはきっかけほしいと思っててさ! あっ、それうちも! 私も! あたしもだよ! じゃあみんないっしょだったんだね! よかった。きっかけが、あって。

 南美川さんのおかげだね!

 ああ、それ、俺もそう思うかも。南美川さんって次席だし、なんか近寄りがたいひとかなとか思ってたけど、ぜんぜんそんなことなかったわ。

 だよねー! ごめんぶっちゃけうちもさ、奏屋さんとは仲いいなーって思ってたけど、ふたりとも優秀だからかなーとか思ってたり。

 こんなムードつくってくれるってーのは、助かるよなあ。

 そうだよね! ……だって劣等者一匹、利用してさ、こんな雰囲気つくってくれるだなんてさ、




「……そうよね!」



 南美川さんは、嬉しそうだった。……こんな状況になるってことを、意図していたのか。僕には、それはわからない。ただ僕をいじめたいだけに見えた……けれども南美川さんは頬を紅潮させるほど、嬉しそうなのだ。



「シュン一匹で、わたしたちのクラス、こんなに団結できそーだなんて! ほんと、大発見だね! ……劣等者っていうのも、なんだ、使い道って、あるのねえ」



 そしてこんな盛り上がりのある意味中心にいるのに、ある意味では、……このなかでもっとも異質で、いちばん貶められて、もはやこのクラスのメンバーとしてとも、いや、……もはや人間としてとも、扱われていない、……僕。



 下半身の下着を剥き出しにして、立っているしかできない、僕。

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