身ぐるみを剥がされる

 男子の制服は、シンプルな紺のブレザーに、白のワイシャツ、グレーのズボン。それに加えて、無地のネクタイ、革のベルト、革靴。


 ブレザーには金色のボタンが二つ。胸もとには、校章があって。

 ネクタイの色は、青と緑と赤から選べるけれど、僕は毎日青のネクタイで来ていた。だから、今日つけているのも、それだ。

 グレーのズボンは無地で、ほんとうにシンプルなもの。

 革靴もシンプルだ。

 


 僕は、正座しながら、……命令通り、脱ぎはじめた。



 ふたつのボタンを、まずは外した。

 手が震えたけど、どうにかがんばった。


 ここまでなら、まだ取り返しがつくなって思った。ブレザーの前を、開けただけだ。

 だから一瞬、手が止まってしまった。そうしたら容赦なく南美川さんに蹴りを入れられた。


 だから、だから。ごめんなさいごめんなさいって言いながら、僕は、次はどうすればいいですか、と訊いた。そんなの自分で考えろよ、見てほしいんだろ、と南美川さんにそんな言葉で罵られて、だから、僕は自分で考えるしかなかった。

 ブレザーのボタンを外したならば、とりあえずは、ブレザーを脱ぐべきだろうか。


 だから、脱いだ。一気に。ブレザーを脱ぐと、ワイシャツとベルトが剥き出しになった。

 それだけでクラスに笑いが起こった。女子たちが指さして、ひそひそ話をしながら、笑ってた。

 ……たしかに僕の身体は、けっして、しっかりとしたものではないだろうけれど。むしろ貧弱なほうだろうけれど。でも――。



「ほら、シュン、みんな楽しんでんだからさあ、空気読んで、早くぜんぶいっちゃって!」

「……はい」

 


 言ったは、いいものの。

 ……手が、やっぱり。震えてしまって、なかなかスムーズにはいかなかったけれど。


 次は。次は、どこを脱げばいいんだ。

 こんなことを本気で、必死で、切実に、考える日が来るだなんて思わなかった。

 ほんらい人間の頭はこんなことを考えるためにあるはずではない。

 でも――だからつまり僕はこの場で、……まっとうな人間と、認められていない、ということで。


 ベルトを、外す。

 そこまでは、わかった。だから、そうした。

 うわー、ほんとにやってるー、と言って、また場が盛り上がるのを感じた。

 ……しかし、そのあとは。


 僕は、戸惑った。


 ふつうに考えるならば、ズボン……。

 ズボンを履いている状態で、ワイシャツを脱いで肌着あるいは、……その下を晒すのは、違和感のあることのように感じられた。そうでも、ないのだろうか。でも。いつも。家で、着替えるときだって、そうだ。


 でも、脱ぐなら立ち上がらなければいけない。

 今日のはじめには、あんなに抵抗のあった教室の後ろでの正座なのに。いまでは、正座しっぱなしのほうがいい、と思うようになっていた。

 だって座っていれば隠せる。たとえ、正座であったって。身体の隠したいところも隠せるし、うつむけば表情も隠せる。

 でも立ってしまえばそうはいかない。もっといろんなところが、見られてしまう。

 ……僕の動作にいちいち意地悪く沸き立つこのクラスを見ていたら、それは、致命的だと思うようになっても――なんら不自然ではない、と思う。



「家で毎日脱いでんだろ」


 南美川さんの鋭い声に、ぎょっとした。そしてその内容にも。まるでこちらの気持ちを見透かされたかのようだったから。いや、それとも、僕はもしかしてよっぽど顔に出してしまっていたのだろうか。


「その通りに脱げよ。なあに? それとも? ……お母さんに脱がしてもらってたりする?」


 ありえるーっ、と南美川さんの隣で奏屋さんが手を叩いて、声を出して、笑った。……ありえない、です。そんなこと。そう言い返したかったけれど、この状況は僕にそんなことすら許さない。


「ほらほら、ほらほら。劣等者のお、シュンくんのお、おうちのお着替え、大公開ですからー!」


 げらげら、あははは。

 南美川さんは、笑って。奏屋さんも、笑って。ほかの女子たちも、笑って。

 男子のだれかも、大声で笑って。はやし立てて。口笛を吹いたやつも、いて。

 そういうのがもうぜんぶごっちゃで……。



 ……なにを。どうして。

 そこまで、言えるのだろう。

 どこまで気持ちがどうなっていれば――そんなふうに的確に決定的に僕を、……僕を、追い詰める言葉を、空気を、つくれるのだろう、発せるのだろう?



 僕は。

 ……でも、諦めて立ち上がった。



 それだけでまたしても教室じゅうに、それこそ爆発するような、爆笑が、生まれた。

 僕は自分の意思に反して、顔が身体が、真っ赤になってしまった。

 こんな、なかで。脱ぎ続けなければ、ならない――どうして? わからない、わからないのに、どうしてか、いつのまにか、そうなってる、そういう世界に、……なっている、そういう世界に、……僕は迷い込んでいる。

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