誠意、見せろよ
「ま、そういうことだからさ」
和歌山は、教壇から話を続ける、……にこやかに。
「このあと職員会議で、今回の結果をもとに、偏差値に応じた生徒の取り扱いを決める。まあ決めるっていうかもともとそうなるものを確認するだけだから、そうだなあ、長くてもあと一時間、あと三十分もすれば、今回の人権制限は発動すると思ってくれていい。……優秀な南美川さんたちなら、言ってることがわかるかな?」
「もっちろんです、センセ!」
南美川幸奈は、またそんなことをそんな甲高い声で言って、無邪気に右手をあげた。和歌山は、満足そうにうなずく。
「はい、それじゃあ、もうすぐ一時間目も終わる時間だな。今日のテスト返しはここまで! 今日は、ここからはお昼休みまで自由時間だ。各自、自習にあてるもよし、……好きに過ごしてくれればと思う」
和歌山は、あくまでひとのよさそうな笑顔に――どこか、凶暴さを含ませて、そう言った。
……研究者志望クラスに、起立、礼など存在しない。そして研究者志望クラスは、自由時間の配当がほかのクラスに比べて圧倒的に多い。
和歌山は、出席簿を肩に載せて部屋を出ていく。
生徒たちはてんでばらばらに自由に過ごしはじめる――。
南美川幸奈が、僕の席の前に、きた。
「……ねえ、あんた。さっきの話、聞いてたよねえ。やだ。……顔真っ青。理解できたの? 劣等者でも、さっきの、センセーの話」
僕の顔を、覗き込んでくる、やめろ、やめてくれ、……近い。
「なんでもしてくれるって、言ったよねえ。約束したよねえ。……それでもうあんたには、まともな人権がないんだよ。この教室で。だから、……人権が侵されちゃったっていいってことだよねえ」
その、あまりに完璧じみた作り笑顔に。
ぞわり、と――背筋が、寒くなった。
「……わからない、だろ。次のテストで。僕だって。いい点数を、とれば……」
僕は、毅然として言ったつもりだった。でも実際にはその声は、……情けなく、震えていた。
「そうだね、次のテストで、……とれるんならね?」
くふっ、と南美川幸奈はおかしそうに笑った。……いっそ親しげにも見える表情で。
「でもすくなくとも来月の頭までは、あんたには人権がないんだよ。そのことは、……理解できる?」
僕は。
真っ青だった、顔もそうなっていたのかもしれないけれど、なによりまず、……心が。
人権を制限される。
しかも、過剰に。
そのことがこの社会においてどんなことを意味するかなんてことくらい、僕だってもう高校二年生だし、理解している。
……人間未満みたくなるってことだ。
そんな、そんなの。許せない。許していいわけが、ない。なのに。それなのに。僕はいまそんな状況に追い込まれているんだ――。
「まずは、なにしてもらおうかなあ。そうだ。……いままでわたしたちに無礼を働いていたこと、謝罪してもらおっかな。あと、わたしたちに迷惑をかけてるってこともね」
「迷惑、なんか、」
かけてない、とは言えないのだった――その集団のなかにひとり劣等者がいると、その集団の価値というのは、たしかに、……社会的に下がる。
「……よくよく、謝ってもらおっかなあ。だって、そうだよね。しょうがないよね。……劣等なんだもんね?」
そう。
その通り、なのだ。
劣等であること。それだけで、充分だ。現代社会で、まともな人間でいられなくなるには――。
南美川幸奈はなおも僕の顔を除き込んでいたが――あはっと、かわいらしく、それでいて獰猛に笑って――僕の頬を、ぱちんと両手ではたくように掴んだ、……痛い。
やめろと言いたいけれど、声が、出てこない、喉が、……すぼまりきってしまっている、対等な人間どうしならいますぐNecoに頼んで強制的にこの暴力ともいえる行為をやめさせられるはずなのに――僕は、劣等で、こいつが、……優秀だから、そんな、そんなこともかなわないのか、そんな、……そんなごくふつうで当たり前でまっとうな権利であるはずの――ことも。
南美川幸奈は、その化け猫のような目で。真っ赤な、口を開けて。
「自分が劣等でごめんなさいって、謝れよ。誠意、見せろよ」
僕を、見て、捕らえて――逃がさないようにしている、ああ、ああ、……食われる、補食される、僕は、……僕は、自分の相対的な劣等性ゆえに――相対的に優秀なこの女に、……食いものにされる、というのか。
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