学年トップは
クラスメイトたちが、ぞろぞろと集まってくる。
輪の中心は、峰岸狩理と、南美川幸奈……それだけならいい、まったくもっていつものことだ、でも、問題は、……僕の今回の試験結果が記された成績表が南美川幸奈に奪われてしまって、峰岸狩理に、まじまじと見られてしまってるということだよ。学年次席に奪われて、学年首席に、見られてるってことなんだよ。
「……ふうん」
峰岸狩理は、おもしろくもなさそうな顔で、僕の成績表を見ていた。ちょっと、じれったいくらい、ゆったりとした動作で。
なんだよ、早く、早く返せよ――ほんとうはそう叫んで立ち上がってその手から力ずくでも成績表を奪い返したかったけれど、……できなかった。喉には、出るべき言葉が張りついてしまっていて、ぱりぱりになって、乾いていて。やるべき動作は、凍りついたかのように、僕がとりあえず手を足を出すことを、許してくれない――頭を掻きむしりたくなった、どうして、どうしてだ、僕はこうやっていつも、……また。
そうしているうちに無情に時が過ぎる。
南美川幸奈はおかしそうに笑いを堪える動作をしながら、まわりのクラスメイトたちに意味ありげに目配せしたり、峰岸狩理に甘えるような仕草をする。そんななかでも峰岸狩理はぶれずに、とにかく、僕の成績表をじっくり見ているのだ――そんな、まじまじ見なくて、いいから。そう言っていまそれを奪い返せてしまえば、ああ――まだいくぶんか、ましなのに。
僕は。僕は。僕は……いつも、どうして。
静かにも。
針のむしろのような時間が続いた。
やたら長い時間、峰岸狩理は僕の成績表を見ていた――なにをそんなに見ることがあるんだ、今回の満点と僕の得点が書かれただけのデータを、……まだ平均点だって偏差値だってそこに表示されてはいない、ただの単純データの書かれた紙きれを、どうして、そんなに。
「見たよ」
峰岸狩理は、ゆっくりと視線を上げた。その視線が最初に捉えたのは、僕ではなく、南美川幸奈だった。
南美川幸奈はくすっと笑って、舌っ足らずのやたら高い声で、言った。
「どーお、だったあー?」
「俺はこれに対してなにをコメントすればいいの?」
「ええーっ、なんだろなあー、でもさ狩理くんって、首席、なんだからあー、学年でいちばん、勉強できるんだからあ、トップとしての忌憚ない意見を聞かせて。ねっ?」
南美川幸奈はインタビューの真似事みたいに、握りこぶしをマイクのようにして峰岸狩理の前に差し出した。
……ふざけんな、と僕は思う。言えなくたって、そのくらいのことは思うのだ、もちろん。だってそいつはいまおまえが言ったように紛れもなく学年トップだ。ほかのやつらだって、興味津々で聞きたがっている。このクラスは、勉強のできるクラスだ。だから、そんななかでもいちばん勉強のできるやつのことなんか、気になるに、決まっている――この五月までの日常生活で僕は、……学年トップのやつに対してどれだけこのクラスの注目が集まっているか、たいていはポジティブな、敬意とか、憧れとか、自分もこうなりたいからいいところを真似したいとか、そういうのが集まっているのかを、毎日毎日見て過ごしてきたのだから。
つまりは――峰岸狩理の発言の、この教室での影響力だなんて、……はかり知れない、ということだ。
「そうだなあ。意見」
峰岸狩理は、南美川幸奈からゆっくりと視線を外した。
ゆっくりと。それは、まるで、ほんとうに、いつものごとく、……余裕たっぷりで。
「意見といっても、俺にはこの成績に対して、意見らしい意見はないけど……」
「うん、うんうんっ」
南美川幸奈が両手の拳を胸のあたりにわざとらしく構えて、同時にこれまたわざとらしく、ぴょんぴょん、とでも言いたげな動作で、おおげさに跳ねる。……なにに対しての相槌なのかすら、わからない。
「そうだなあ」
峰岸狩理は、視線をすこし上げた。
どこか虚空でも見ているかのようだった。
そんな峰岸狩理のことを、クラスメイトたちは、……男女も仲のよさも関係なく、どこかうっとりとして見ているようだった。優秀であるというのは、かくも――強い。なにをしたって、……優秀だ、という前提のもとに見られる。
……じゃあ、それならば。
いっぽうで、僕は。
「わかんないけど。俺にはさ。でも」
峰岸狩理は、ゆっくりとこちらを指さした。
やはり、ゆっくりと。……そして僕は気づいてしまった。その顔を、こちらに向けたのに、眼鏡の奥のその目は――さきほどと違って、もう僕をまともに見ていない。どこかすこしずれたところを、……とりあえず、便宜上、見つめているだけだ。強く、僕はそう感じた。
「彼、なにかの手違いなんじゃないの。そうじゃなければ、教師の採点ミスか、試験結果のデータ処理ミスかな……だって偏差値二十九って、さすがに」
――偏差値、二十九?
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