客観(2)黒鋼さん、守那さん、ミサキさん

 この場にいる人間たちが、口々に言う。

 なにか、してくれると思ったのに、と。

 僕がどうにかしてくれると思ったのに、と。


 それなのに、なんにもしてくれなかった。

 状況を打破してくれなかった。

 それでも仕方ないかなと思って見ていた。時間もかかるだろうし、そう簡単にはいかないだろうし、と。


 でもやっぱりあのひとは違うと思いました――その決定打は、僕が逃げたから。それを言われてしまうと、たしかにもう、しょうがない。……どうしようもない。言いわけは、ひとつも効かない。僕が逃げたのは事実――。



 黒鋼さんが、冷ややかにこちらを見ていた。そして口を開いた。


「やっぱり、そういうひとなんだよねえ。どっか冷たいっていうかさ。真剣に、考えてくれないの。こういうときこそ絆がものを言うっていうのかな」


 守那さんも、口を開く。


「そうだよ! だって、だってね、私たちわざわざ来栖さんに会いに来たのに。そのときから、なーんか、白けてるの。ひどいよね。せっかく来たんだよ? でもそれって、この状況をつくり出すためだったりしたのかなあ? そんな気がしてならないの!」


 そんなわけ、ない――僕がそう言うよりずっと早く、同意が、あちこちから飛んでくる。



 僕は周囲を見回す。ぐるぐる、ぐるぐると。

 景色がなんだか、ぐにゃぐにゃする。そうして回る、めぐるのだ。


 そこにいるひとたちはみんな違う顔をしている。みんな違う個性をしている。でもみんなおんなじ顔をしている。メリーゴーランドみたいに回転している。自分の身体が動いているのか、それとも半ば自動で自分自身が動いているのか、わからない、もうそんことすらわからない。

 それぞれの口が動いているのだ。独立した生きものみたいに、うごめいて。

 言葉を吐き出しているのだ。僕を責める言葉を。どうして、なんで、このひとは駄目だ――と。



 どうして、こんなことになってしまったのか、わからない。

 僕のせいではない。もちろん。……僕が期待されてしまったことだって、このひとたちの勝手だ。このひとたちのせい――いや、そうまで言いきっていいのか、この世界は、そもそも、そもそもは、



 南美川化と、真が、つくり出した。



 そう思った瞬間、意識がすこしクリアになった。そのときに僕が捉えた顔は、まぎれもない、ミサキさんだった。ほかのひとたちとは違った表情をしていた。このなかで唯一、なにかまともに思案するような顔をしていた。


 回転が、すこし止まった。


 僕がそちらを見ていると、向こうも僕に気がついたのだろう。視線を、よこしてきた。目が合った。いたずらっぽく、それでいて、静かに。



 僕はなにかを期待していたのだろうか。わからない。けれど――。



「そう、ねえ、あのお若いかたは、ねえ」



 ごめんなさいね――言葉ではなく表情で言うかのように、ミサキさんは微笑んだ。



「私もね、そうね、……じつのところ、あんまり信用できないと思ってた。だって、こんなおばあさんのお願いを、聞いてもくれなかったんだもの」



 ああ、とぐらつく思いがした。

 そうか、そうやって、……僕への個人的な思いを、こういうときにそういうかたちで、言うのか。使うのか。

 ミサキさんに声をかけられて、僕が深入りしなかったあのとき。南美川さんが言っていたことが、すこしだけわかった気がした――たぶんミサキさんは、たしかに、僕のことを求めていたのだ。すくなくとも――なんらかの、かたちで。



 いや、ほんとうは。

 ミサキさんだけでは、ないのだろう。

 ここにいるひとたち。黒鋼さん。守那さん。ミサキさん。



 みんな、僕へのそういう淀んだ気持ちを、いまぶつけているというだけなのだ。

 普段の日常生活ならば、もしかしたら関係性がそのままおしまいで済んだかもしれないけれど。

 こういう機会を与えられたから――。



 そういえばこれは、ゆるしのフェーズ、だった。

 やけに都合のよい舞台だ――思って、それは、そうかとかえって納得してしまった。逆だ。ほんとうはたぶん、そのためにこの舞台が用意されているのだ。つまり、……僕が許されないために、この舞台は、世界は用意されている。でも、なぜ? 具体的には、まだわからない。けれども根本的なところならわかる。あの、ふたごの、悪意――。



 また、景色が、回り出す。

 歪む。……どこまでも、滲んでいく。



 ああ。まったく。期待だなんて、……勝手なものだ。

 どこまでも、ほんとうに、身勝手なものだよ。



 自分のために、するのだから。

 こうしてほしいと、勝手な願望を、他人に込めているのだから――その時点でもうほんとうは、ほんとうに、……おぞましい。

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