サクリィゲーム

 ……何人、やられたのだろう。

 わからない、けれど。



 生き残ったひとびとは、広場の隅に寄っていた。

 池の淵、雑木林の手前、川のそばに、避難していた。

 ……身近な者どうしで身を寄せあっているようだったけれど、ひとりで、ぽつんと立っているひとも、多かった。

 だいぶ、数が減っているようにも思えた。


 僕は、池の淵にミサキさんが、川のそばに三人組のひとたちがいることを、確認した。

 ……影さんのすがたは見当たらない。

 彼は、もう、ある意味では当事者だ――空を見上げたけれどそのすがたはなく、……虹色のメッセージが、その青空に描かれるわけでもなく。



 巨大な手は、うねり続ける。

 なにをしたいのかは、わからない。

 ただその手が興味があるのは、広場のなかだけらしかった。

 広場の隅に寄ってしまえば、たしかに、手はそれ以上追ってはこない。

 広場の中心から、生き延びるにしろ、……そうでないにしろ、人間が減っていくにつれ、手は、すこしずつその動きをおとなしくしていった。


 降ってくる金属の棒の数も、次第に減っていた。

 三メートルはあるであろう銀色のたくさんの棒。

 針葉樹の森みたいに、それらの金属の棒は、直立していた。


 地面は、すっかり虹色の水晶のじゅうたんとなった。

 植物のかけらは、この広場に、もうみじんもない。



 広場を囲む雑木林にはまだ、植物があるけれど。

 広場には、いまあるのはもう、鉱物と、金属と、得体の知れない手、だけなのだ――。



 すこしずつ、そうして、場の動きは収まっていって。

 すこしずつだけれど、静かになっていった。


 ……僕はスマホデバイスを取り出してみた。

 時刻は、十二時の、九分、……なるほど。




 スマホデバイスのデジタル時計表示がちょうど十分をさし示した瞬間、この場は絶対的に沈黙した――すべての、動きが、止まった、……風さえも。




 また、たくさんのひとが、犠牲になった。

 叫び出してしまいたい、なにか、なにかを叩きつけたい。そう思っているひとは、少なくなかったと思う。けれどもかといってなにも言えなかったのだと思う。なにかを叩きつけるにはひとびとは疲れきっていただろうし、……そもそも、ここでは、常識も理性もなにも通用しない。

 それに、着実に、数が減ってきているのだ。最初はすこしはこういう瞬間に抗議の声があがった。でもいまはあがらないのだ。みな一様に疲れきった、暗い目をして、状況をじっと見ているだけなのだ。……仕方ない、そんなのはもちろん、仕方がなさすぎる。

 身近なひとを失ったり、生命の危機を経験したり。

 僕にはよくわからないけれどもそれは、おそらく、……人間という存在にとっては、あまりに決定的なできごとなのだろう。

 声など、あげられなくなるほど――。




「……さて、絶対者は、ご多忙ですので」



 言葉が、降ってきた。影さんの声だ。はるか高みから――広場のひとびとは上を見上げた。僕も、……天を、見上げた。




 虹色の装束の影さんが、そこに浮いていた。

 唐突に。

 まるで透明になっていて、いまこの瞬間自分の身体に着色を施したかのように。



「私が、代わりに、あなたたちに指示を与えようと思います」

「指示って! あんたなんなん。私らになにさせたいんよ。ひとが何人亡くなったと思ってるん。なんの目的があってあんたなあ――」

「質問であれば、ひとつずつ。そして最初に、受けつけますから。……なおほんとうは司祭の説明中の勝手な発言は、ルール違反」



 ……ルール、違反。



「さてみなさま、お待たせいたしました。絶対者の用意した、このかぐわしきオープニングは、楽しめていただけましたでしょうか」



 影さんは空中で、うやうやしく礼をした。

 ……オープニング、これが? まだ、はじまりに過ぎないということか?

 そんな、まさか。どういうことだ。……思わず、頬がひきつっていく。



「かぐわしきといっても、フレグランスというよりはそれは、真っ赤に染まった血のにおい……なあんて、そんなの、おもしろくないよーって、ごめんねえ、あはは!」



 ……なんなんだろう。

 ひとりで、盛り上がっている。

 当然、広場のひとびとは、静まり返っている。

 あはは、だなんてわざとらしいような笑い声が、けたたましく――この広場だった空間に、空虚に響く。



 ……それに、なんだか。

 影さんっぽくない、それは。

 表情をわざと道化らしく変えるのも、影さんには、似合わない……。



 まるで、だれかに操られているかのようだった。



「――と、いうことで。楽しい楽しいオープニング。そのなかで、登場人物として生き残れたみなさん。そう、人物として、です――人物ではなくなってしまったひとたちもいましたけどねえっ、……獣とか、植物とか、あはははっ」



 ……空虚に、空虚に。

 影さんは――両手をはるか、高みに向けた。そうしてそのまま、ゆっくりと両腕を持ち上げる――バンザイするみたいな格好に、なる。




「おめでとうございます。これにて国立第三公園、サクリィゲームの、開始です!」



 ……なにを考えているのか、知らない。

 なにを、企んでいるんだ。いったい、なにが、目的で。

 影さんの口や身体を、操るように乗っ取りさえして。いったい、なにがしたいというのだ――。




 ……とりあえずまずは説明を聴くほかないようだ。

 あきらかに、なんらか意図をもって、彼らはこの状況をつくり出しているのだから――めぐりめぐって、つまるところは僕と南美川さんをめがけて、彼らは、……この事態を、巻き起こしているはずなのだから。

 だから、反吐が出そうでもまず、……嘔吐する前に、その説明くらいは聴いてやろう。

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