彼らの意図は悪意は
「……どうして、彼らは、犯人がこのなかにあると言ったのだろう」
南美川さんにも問いかけたはずの、僕の言葉は。
まるで自分自身にだけ問いかける、ひとりごとのようにも響いた。
ただその言葉を南美川さんにも投げかけている、というのはほんとうだった。意見が、可能性が、聞きたい。怖いけど、聞きたい。なにせ彼らは南美川さんの弟と妹だ。なんらか、思いついていることがあるのかもしれない。
彼らのそのメッセージは。
あきらかに嘘なのだ。
広場のひとたちに証明するのは、難しいだろう。僕と南美川さんが出くわしたのは、いわば状況証拠だ。あのふたりが現れて、そうしたらぱっと世界が変化した――そう言葉にすることは簡単だけれど、……根拠もなにもなければ、妄言と思われておしまいだ。
広場のだいたいのひとびとは気づかないだろうけれど。
でも南美川さんと僕からすれば、嘘だとすぐに気がつける。
そのことは彼らも承知していると思うのだ。そんな簡単なことに気がつかないほど、あるいは、気づいていたうえでも放置するほど、彼らは単純でもなんでもない。
そこには、意図があるはずだ。
彼らのやることなすことには、かならず意図がある。いままでも、そうだった。たとえば僕を閉じ込めておくために、そのためには椅子に縛りつけておくために、最初はにこやかに応対してお茶まで出した。たとえば僕と南美川さんをおもちゃにするために、僕には薬を飲ませたうえで、簡単には逃げられない仕組みの部屋に閉じ込めておいた。
彼らには、悪意があるはずだ。
そして今回は、公園をまるごと呑み込んでおいて、自分たちの手でやっておいて、犯人はこのなかにいるとこのなかのひとたちに、のたまう――。
どうして?
つまり、その意図は?
つまり――その悪意の正体は?
南美川さんは、こちらを見上げた。そしてなにかもの言いたげな顔で、でもなにかを言葉にすることはなく、とりあえず、といった感じで尻尾を水平に二度、三度、振った。
僕は南美川さんに視線を合わせてしゃがみ込んだ。
「……なにか、思い当たることがあるの?」
「うん。でも……外れているかもしれないの。まだ、根拠もないし……」
「根拠なんて、この状況ではたぶんだれも持っていない。存在じたいをごまかせてしまえるような、造られた世界なんだから……だから外れてしまっているかもしれなくても、いいよ。よかったら、言ってみて」
「……でも、違うかもしれないの」
「言いづらいこと?」
南美川さんは恥ずかしそうに、こくんとうなずいた。
「あの子たちのせいだってことは、わかってる。姉として、わたしに責任があることも。でも、やっぱり、……わたしお馬鹿さんよね、あの子たちのこと、いまもまだかわいい弟と妹だって思っていたり、するの。あの子たちは、そんな単純な感情でわたしを見ていたのではないのだと、もう知っているのにね。それなのに、わたしは、あの子たちのことを……」
「……オーケー。言いづらいことのようだね」
僕はそっと、南美川さんに差し出すようにそう言った。南美川さんは唇を引き結んで、うなずいた。僕はそれに、……応えるように、うなずいた。
「ただ、それは、おそらく僕とほとんどおなじことを考えているんだと思う。……南美川さんは彼らのお姉さんだから、言いづらいけど、僕になら言えることかもしれない。でも、それを聞いてしまうだけで、南美川さんはつらいのかな。だったら、僕はさ――」
「いいの。わかっているの。……ほんとうは、あの子たちがだれかを嵌めようとしているのかもしれないってこと。そしてそれはあなたやわたしかもしれないってこと」
言わせてしまった――直後後悔にまみれて、僕はこのひとの身体を抱き寄せた。このひとも、僕にすがりつくかのように前足と上半身を預けてきた。
「ごめん。言いたくなかったよね。認めたくもなかっただろう。あなたにとっては……そうだよね、弟と妹だ」
彼らが意図と悪意をもち、だれかを嵌めようとしている。
彼らの本質をすこしでも知っていれば、自明だったそのことも。
……南美川さんにとっては認めるのはそう容易くないことだったはずだ。
弟と妹なのだ――たとえ彼らの本質が、……どれだけバケモノじみていても。
家族だったのだ。ましてや、かわいがっていたのだ。かわいがってきたはずなのだ。そうだ。僕は、……高校時代に南美川さんがなんどもその弟と妹を自慢するのを目の当たりにしてきたはずだというのに。
それなのに、南美川さんはけなげに言うのだ。……気丈に。
「いいの。わたしの、せいなのよ。わたしがあの子たちにとって、もっといいお姉さんだったら、よかったの。そうしたらこんなことにならなかった。あなたにも、迷惑をかけることはなかった。だってわたしがあの子たちにあんなふうに思われなければ、わたしは人犬になんかならなかったはずなのよ。だから、わたしのせい――」
「いいんだ。……ある意味ではそういう意味では僕は彼らに感謝している」
「えっ? 感謝、って……」
「あなたにもういちど出会わせてくれた」
僕は、抱き締める力を、強めた。
……風が、やたら遠くに感じる。泣き叫ぶような音をたてて、声をあげて、吹き続けている――。
「もう生涯無理だと思っていたことをある意味ではそういう意味では彼らはかなえてくれたんだ。南美川さんにとっては。それは、もちろん。……つらいことであるのは、わかっているのだけれど」
自分の声が湿り気を帯びるのが、われながら、大層気持ちが悪かった。
ああ。僕は。
本質的に。やはりこうにも――自己中心的。
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