ミサキさんの語る、楽園のおはなし(2)

 私たちのやっていたことは、人間をあるべきすがたに戻すこと。

 人間というのは生物で、生物というのは楽園よね。

 だから私たちのグループは、生物そのものを――楽園に戻す必要があったの。



 ねえお若いかた。人間の罪は、なんだと思う? えっ、罪って、法律上のとか、社会上のとか、……やあだ、そういうのを言ってるんじゃないのよ。人間が、人間として背負っている罪のこと。つまりね、人間の生まれながらにして背負っている罪、のこと。……えっ? 知らないの、概念からして、やあだ、……でもそうよね、楽園から遠く離れたここの若いかたでは――そのくらいのことは、当たり前かもしれないわね。


 私たちのグループは確固とした答えをもっているわ。

 だからあなたにもその答えを教えてあげる。



 人間の罪は、進化してしまったことよ。

 進化というのは、みんないいことだって捉える。ちかごろでは人間へのデザインも流行っていて、人類は進化するってことになってる。


 ……私たちのグループから言わせると、とんでもないの、そんなことは。

 進化は罪よ。……大罪なのよ。だから、人間は、どうにもならなくなってるっていうのに――あの頭の固い科学者たちったら!


 でも仕方がないのよね。

 人間は人間になってしまった時点で、生物としては進化しすぎてしまったの。そしてその本質的な罪である進化というのを、続けようとする。惰性といっしょよね。いちど空間に放った物体は、特別な条件を加えないかぎり、そのまま進行していこうとする。もちろん、その特別な条件というのは――重力があるだとか、空間があるだとか、……びっくりするほど基礎的なものだったりするけれどもね。



 ……人間の罪は、進化してしまったことよ。





 サブカルにばかりハマっていて、暗かった、私の若いころはね、ちょうど、お若いひと。

 進化学が興っている時代だったの。

 スタートさせたのは、私たちのグループではない。国立学府の生物学系の大学院の一派が、興味をもってはじめた学問だったの。


 私たちのグループののちに偉大なリーダーとなったそのひとは、その研究に注目した。そして、国立学府に入り直して、なんと大学院の研究室に潜り込んで、しかもそこの主要メンバーになったの。

 私がリーダーに出会ったのは、仕方なく就職をして意味なくつまんない毎日を送っていることだったわ。そのころの私は、ネコさんをモニター越しに眺めることだけが生き甲斐で、ほかにはなにも、なあーんにもなくってね、でもリーダーはそこを評価してくれたのよ――。



 ねえ、リーダーってば、若かった私になんと言ったと思う?

 うふふ、教えてあげる。……声真似してあげるわね、こほ、……こほん、おっほん。



 失うもののなにもない、貴女には。

 アイドルにすがるばかりの、貴女には。


 ……最大で最高の才能がある。

 なにもない、ということは。あとは進化するばかり、ということだ。


 高柱猫だって、考えようによっては進化だ。

 ただのひとりの性自認マイノリティ者――あのねお若いかた、当時は身体と心の性が不一致なひとのことを、そう言ったのよ、いまでこそ早期発見で身体のほうを簡単に心の性に合わせられるけれど、当時は、まだそんな技術はなかったものね――そう、ただのひとりの性自認マイノリティ者が、……革命家にまで、進化した。


 だからいっしょにこの世界を変えないか、高柱猫みたいに――って。




 うふふ、うふふふ、私ね、……口説かれちゃった。

 完全に、あのリーダーのとりこになってしまったの。

 もちろん、ネコさんの次に、よ。

 でもいいの。リーダーってば、私がネコさんいちばんでもいいって言ってくだすってね。そのあとの空いたところに、進化ということをいっぱいに詰めてくれればそれでいいって言ってくだすってね、ネコさんをおっかけるための費用だって応援してるって言って出してくれたりするのよ――あれ、おかしいわね、……なんのお話だっけ、そうそう、進化のことよ。いやねえ、私ってねえ、……ネコさんのことと、リーダーのことになると、おはなしが止まらなくなっちゃうの。だって私が、……愛したひとたちのことだものね、ふふふ。




 人間の罪は、進化してしまったこと。

 だからこそ、人間の罪をときほぐすには人間の進化のメカニズムをすべてすべて、解明しよう――それがあの立派なリーダーの、そして、……私たち全体の、基本方針だったのよ。




 そのことを、私たちは、楽園にかえると定義した。

 あのころにはね、お若いひと、でも楽園にかえるっていうのが社会的に流行したの。

 ネコさんの、あのとんでもない、えげつない演説のおかげかしらね? 楽園化計画、っていうね――とにかくそのワードがね、概念がね、……楽園にかえるっていうのがね、流行ったのよ。


 でもろくでもないひとたちがほとんどだったのよ。

 単に利用するばっかりのひとたちが、ほとんどだった。

 ……暴力的な手段や、理不尽な手段で、楽園にかえるだなんてことを目標に掲げたり、ね。


 その点、私たちのグループはすてきだったわ。

 だって暴力もないの。みんな仲よしよ。理不尽でもないの。自由意思を尊重するもの。――私だってずっとネコさんのおっかけを続けた。プライベーティなことなのに、リーダーも、みんなも、全力で応援してくれたの。……お金だってくれたのよ。ほら、私のおうちはね、ぜんぜん裕福なんかじゃなかったから――。



 そして私たちのグループは現実的だったのよ。

 進化をときほぐすことで、進化にせまるの。

 そしてそれらすべてを、解明できれば――人間の進化を解除して、……楽園にもどすことだって、可能でしょう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る