人数
「いいええ、いいんですよ、そんなこと」
カル青年は、驚いた、とでもいったように目を見開いた――その動作の感情がある程度は本物なのかそれとも単なる愛想なのかは、僕にとっては見分けがつかない。
「それよりもですね。社会人のかた」
それよりも、と言われた――そう思った自分自身の気持ちをたしかめるひまもなくカル青年は、眉も声もひそめて小さな声で言う。
「彼らを、どうしようかと思っていまして」
「彼ら、って……あなたがたの施設の人権制限者のかたがたのことですか」
「それも含めて、ということですね。ほら……彼らはすっかり落ち込んでしまっていて。ここの広場にいるひとたちですよ。……たぶん、公園にいるひとたちはだいたいここにいると思いますけど」
「そうですね。公園から出られないってことはもう数時間前にわかりましたし、異常事態なのでひとびとも固まってるんだと、思います……」
「うん、うん、やっぱ、そうですよね」
カル青年は、大仰になんどかうなずく。
「ひとびとを集める、ってとこまではクリアできたと思うんですよ。僕も、カンちゃんも、公園じゅう隅々までようすを見ましたので。たぶん公園にいるひとたちはここに集まっていて」
カル青年の背中に張りつくようにそこにいるカンちゃんさんが、控えめにこくりとうなずいた。
「それで、人数も数えてみたんです。ここにもし、全員揃っていれば、ですが……いま公園にいるひとたちは、百二十一人のようです」
思わず、足元を見下ろしてしまった。南美川さんが、真剣な顔でこちらを見上げている。
それは、当然のごとく南美川さんは数に入っていないんだろうけど――。
「……それは人権制限者のひとたちも含めて、ですか」
「ええ、まあ、いちおうは。彼らも制限されているとはいえ人権保持者なので……」
カル青年は一気に嫌そうな顔をしたが、そう言い終えてしまうともとの奇妙な愛想のよさに戻る。
「うちの施設の人権制限者たちは、二十人ちょうど連れてきたんですよ。で、本日の体操訓練の担当者は、僕と、カンちゃんと、責任者の上司と、あと補助のひとがもうひとり」
「その補助のひとっていうのは、僕はまだお会いしてない……」
「ええ、そうだと思います。補助のひとはあくまで補助のお仕事でして、本日も正門の前に待機してもらっていましたから。万一人権制限者が発狂して脱走をはかっても、問題なく捕まえたり連絡の連携がいくように」
「そのかたは、いまは……」
「人権制限者たちを見守ってもらってますよ。僕と、カンちゃんと、上司は、これでもいちおう公務員ですので、こういった非常事態にはやらなきゃいけないことがたくさんあるんですよ。だからその
どうも、なんとなくだけど、カル青年はその補助のかたに対してはあまり対等な仲間意識をもっていないみたいだ。見下しているとか疎外しているとか、そこまでの意識は感じられないけれど――でもたしかにどこか別枠の人間として、ナチュラルに、見ている気がする。
「だから僕たち施設の人間、ああ、人権制限者に対してもそう呼称するならですが、とにかく僕たち施設の人間はぜんぶで二十四人ってところです。……ああ、でも」
カル青年は、とくにおもしろくもなさそうな平坦な感情の顔と声で――。
「植物になった者を含めるなら、ですけど。含めないなら、二十三人」
「……そうです。彼は、どうなったんですか」
「どうなったんでしょうね? 叫んで、喚いて、そうしたら木と同化しちゃって。さっきまでは目の前通るたびに声がうるさかったもんですけど、いまはねえ、静かになっていますねえ」
僕は思わずカル青年の顔をまじまじと見たが、やはりそこには平坦ななにかしかなくて。カンちゃんさんと、目が合った。カンちゃんさんはこっちをちょっと見上げるかのように、ちらりと視線をよこすと――すぐに制帽の下にその視線をしまい込んでしまったようだった。
……そのひとは、あなたたちの施設のひとではないのか。
そう思ったし、そう言いたかった。できることならば。でも、それが言えるようだったら僕はいままでこんな人生を歩んでこないで済んだのだった。僕だってほんとうはなにも考えないでくのぼうではない、思うのに、そうやって、明確に思うことはあるのに、いつも――ほんとうにただのでくのぼうみたいに、いつもなにかを言えないでいる。
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