そして、広場で

 エラーブルーの西門の前で。

 南美川さんが落ち着くまで、その背中をさすって。

 風が冷たくなり、夕暮れがいよいよ本格的にはじまるとわかったタイミングで、南美川さんにいい子にできるねと確認してから広場に戻ることにした――南美川化の価値観では、夕暮れというものは必要だったのか、……すこし意外だ。なんとなくでしかないけれど、ずっと明るい真っ昼間だって気にもしないような人間なのかという印象があるから――。



 広場に戻ると。



 芝生にぽつぽつと、小島のように人々が身を寄せあっている。


 レジャーシートを敷いているひとたちが多い。のどかな公園でランチでもしようと思っていたのだろう。あるいは、フリスビーやらフラフープやらをしようと思って。

 あるいはベンチに座っている。そういったひとたちは、ランニングの格好をしているひとが多い。ジョギングやウォーキングをしに来たのだろう。そのためにも、この公園は適格だったはずだから。

 そうでなければもう、芝生にじかに座り込んでいる。レジャーシートもなく、限られた数のベンチも確保できなかったひとたち。彼らの多くは呆けたような顔をして、たしかに紅色の混ざりはじめた空をぼんやりと見上げている――。


 公園に来た集団の単位で固まっているのだろう。あるひとたちは家族で、あるひとたちは恋人どうしで、またあるひとたちは人権制限者とその管理者の集団で。ひとりでいるひとも見受けられる――ひとりで公園に来ていたひとだって、それはいるだろう。そう、……ミサキさんとか。このなかにはそのすがたを、まだ僕は見つけられていないけれど――。


 芝生はほとんど真っ平らに思えるが、じつは緩く傾斜している。山のそれとは比べるべくもないし、丘といってもちょっと大袈裟だ。でもこうして広く広く目の前にしてみると、たしかにわかる――なだらかとはいえ、この広場には高いところがあって低いところがあるのだと。それは丘を上から押し潰したみたいに、……ゆるやかな高低差を、生み出している。



 いろいろな、ひとたちがいる。

 でも共通していることがある。


 人々は、静かだった。

 この世界から出られないとわかって空に虹のメッセージが出てくるあたりまでは、大騒ぎだった。植物人間が生まれてしまったときにも、まだ騒ぐ余力があったように思う。



 でも、暮れなずむ、現実世界にどこまでも似ているのにじつは異世界である、この広場で。

 人々は奇妙に静かだった。

 まるでもう叫ぶことを諦めたみたいに。

 さまざまなことをたしかめることに飽いたみたいに。

 考えることを――放棄したみたいに。




 そうなると芝生にただ座って身を寄せあっているだけの彼らは一種奇妙な集団にも見えた。



「あっ、対Necoプログラマーの社会人のかた!」



 振り向くと、カル青年が駆け寄ってきた。後ろからおなじペースで、カンちゃんさんもついてきている。

 いやあお待ちしてましたよ、とカル青年は制帽を脱いでにっこりとした。



「カンちゃんに訊いたら、ご休憩に行かれたとのことで。ああ、いえいえ、われわれは社会人のかたを責めませんよ! そんなことでは、なにひとつ、ええ。対Necoプログラマーの社会人のかたももたれる社会性の根拠の専門性なんて、さぞかし高いものでしょう。専門性のお高いかたのなされるお仕事の効率のためにときにはご休憩も必要だなんてこと、社会のために働くわれわれは、熟知しておりますので。ええ、それはもう」



 それはおそらくは、たいしたことのない誤解なのだろう。

 休憩をとるというのはこの状況においてはたぶんあまり歓迎されないことで。

 でも、それでも、僕は休憩した。そのことをとにかくフォローする。……そんな振る舞いは、誤解というよりは気遣いと呼ぶべきだと、僕は、さすがに、……社会人にもなって、すこしは知りはじめている。


 でも。

 こちらからは、なにも言っていないのに――頬をすこし少年のように火照らせて過剰すぎる言葉と愛想を振り撒くこの青年によって、……僕の行為というのは、もう決めつけられてしまったと思った。仕方がない。僕には、かといって反論する気もないし、そもそもそんな力はない。……ひとに対してなにかを意見することなどできない。それがたとえ誤解であっても、なんであっても、僕には、そんなことは、なにも――。




「……休憩させていただきまして、すみません。こんなときに……」




 僕はそう言うだけだ。それだけでも……精いっぱいだ。

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