雪乃と里子のされたこと

 わたしにはこの研究室が輝いて見える。

 もちろん窓からはたはたカーテンが舞うのに合わせて斜めのはしごみたいに入ってくるようにしてある朝陽のせいだけではないわ。

 わたしがつくりあげたこの場所。

 先生のために最適に最高に動くように、細部まで丹念につくりあげたわたし自身の、そう、……そう、いわばお城。



 雪乃の存在はその利用法上、ちょこまかとうっとうしかった。仕事を終わらせるとすぐにわたしの足元に飛ぶようにやってきて、次の仕事の指示をやらねば動かないのも煩わしかった。それは時間コストの損失だってやっとシビアに自覚したわたしは、雪乃にもある程度の拘束と指示機能を搭載することにした。


 それまではただ自由に這いつくばらせておいたけれど、いまは腰に拘束を課して排水溝とバンド紐でつないでいる。基本的に立ち上がることは許さない、わたしと目線がおんなじなんて不愉快だしなんにも意味がないから。だから四つん這いで仕事をさせる。

 どうせ単純な仕事しかやらせないのだ。掃除とか、後片付けとか、美鈴の拘束や監視の手伝いとか、わたしのストレスサンドバッグになることだとか。だから、それぞれに古典的な電気信号で意味をつけることにした。


 腰に回した拘束装置に搭載された電気信号が、ひとつ鳴るなら、掃除をしろって。ふたつ鳴るなら、後片付けよ。みっつ鳴るなら、美鈴の管理。身体全体がびくつくほど大きく鳴らしたならば、わたしがちょっとストレス溜まっているから解消するのよ、いますぐこっち来なさい、って。

 身体がびくつくだけではなく痛みを感じる程度の大きさのときは、わたしが叱ってあげるとき。いままではいちいち言葉や暴力で丁寧にやってあげていたけれど、このアイデアのおかげでわたしはずいぶん時間が節約できそうだった。


 雪乃はいまも素直にいい子に口にくわえさせた雑巾装置で朝の掃除を続けている。

 うん、やっぱりいいアイデアね。きちんと作動しているわ。

 わたしは手元のスイッチを軽くいっかいだけ、押した。雪乃の背中がすこしだけ震えた。でもいまのは痛みではない。褒めてあげるときには、ごく微細な、でもあきらかに気がつくレベルでの電流を流してあげるの。



 里子にかんしては、実質的な拘束を入れることにした。あの無気力さ加減だから椅子に縛りつけることはないと思ったの。拘束装置を揃えるというのも、それはそれでけっこうコストがかかるものだし。それくらいなら、美鈴のほうにがっつりと回す必要があるって判断した。


 でもやっぱり拘束は入れなくっちゃいけないし、それまでろくに監視機能さえも里子に入れていなかった自分自身をわたしは反省した。わたしが巡回して様子を見ていただけだったから。しかもわたしの巡回だなんて、それも時間的リソースの損失だってわたしはこれもやっとシビアに自覚したの。


 だから、監視ロボットを購入した。ごくシンプルなものだ。かわいらしい棒人形型をしていて、その丸い腕を伸ばしてアームにして、ぴしっと身体のどこでも殴りつけることができる。

 そのロボットの優れたところはその監視アイだ。全体的には素朴なつくりでもそこだけはやたらと凝っていて、人間の動きをスキャニングしてモニタリングして、作業成果を事前にインプットしておいた通りに評価、判断することさえできる。

 要は数字の暗記の速度が落ちているなら容赦なく殴りつけるの。そのときに発生する、えいっ、って声はかわいいけれど、殴る力はけっこう強めに設定したから痛いはずよ。じっさいこのあいだ効率が悪くて殴られていたその頬は、いまも真っ赤に腫れあがっている。ほかのところも、みみず腫れができたっておかしくないほどの暴力の強度ではあるはずなの。


 いまも里子はちゃんと仕事をしているわ。監視ロボットはいまはアームをしまって、腰に手を当てる格好でしかめっ面みたいな表情モニターをして、里子の仕事の効率をずうっとずっと張りついて見てくれている。……ごくシンプルなつくりのロボットひとつでこんなにうまくいくならば、もっと早く思いついていればよかったんだわ……ほんとうに。

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