家族奴隷
妹奴隷。
……ときどき、ニュースとかで聞くようになった言葉。
もちろん。
妹、だけではなくて。
その言葉の場所には家族の関係を表すどんな言葉だって入りうる。
弟奴隷もいるし、姉奴隷もいるし、妹奴隷もいる。親奴隷もいるし、子奴隷もいる、……ただ、子奴隷というのはあまり聞かないわね。
なぜかっていうのは、だって簡単で。
わたしたちの世代では、親より子が優秀というケースよりは、親が子より優秀というケースが、圧倒的に多いからだわ。
家族奴隷。
そういうことよ。
いまどき家族だからってそれは対等な立場を築く絶対的な理由には、ならない。ひとつの理由にはなるかもしれない。情とか、愛着とか、そういう意味においてね。
でも絶対的ではない。
だからいくら家族どうしだからってその能力に、……優秀性に開きが、とりわけ大きな開きがあれば、
社会評価ポイントというのは世帯単位でも算出されるのだから、当然、劣等なメンバーはその世帯の平均社会評価ポイントを、落とすことになる。
あんまりにも劣等だったらそれを理由に、家族のメンバーからも、人間という存在であることからも、除外できるんだから。
だから、そういう存在の人間が。
家族のなかで、どう扱われようとそれは文句は言えないの――そしてじっさいに考えうるなかでいちばん劣等者らしい扱いを受ける家族のメンバーのことを、いまは俗に、……家族奴隷、と呼んだりするから。
守那美鈴は、どうやらそういう、家族的な意味における奴隷的立ち位置だったみたいで――ふうん。
『私には、お兄ちゃんがいるんだけどね』
相変わらず、下手な演技のわかりやすい、気の弱そうな微笑みで。
『私、お兄ちゃんからは、ずっとバカバカ言われて育ってきた。……私ね、でもね、学校では、そんなにできないほうじゃなかったんだよ。大きく劣等者グループと優秀者グループに分ければ、いつでも後者のがわにいたんだよ。……でも、そんなの、たぶんあのお兄ちゃんには、関係なかったんだと思う。だって、私のお兄ちゃんってね。それはもう、それはそれは、むかしむかしから優秀で――』
近所で、噂になるほど。
デザインキッズと見紛われるほどだった、という。
酒屋の経営者である夫婦がとんでもないあの子は自然発生ですよ、と言うと、だれもが目を丸くしたのだという。
デザインキッズであったって、あの優秀性には目をみはるものがあるのに。まさか、ナチュラルキッズだったなんて。
奇跡ですね、と目を潤ませるひとさえ、いたという。
奇跡です。自然発生的に、あんな完璧な人間が、できあがるなんてと――。
『たしかにお兄ちゃんは完璧だったよ』
守那美鈴は、目を伏せた。
まるでその目を伏せた先に、小さな小さな慈しむべき小動物でもいるかのような、そんな雰囲気が色濃くあった。
『勉強や運動ができたのは、前提でしかないよ。絵も描けたし、歌も歌えたし、ついでに楽器もいくつかできたし、書道もできたし、プログラミングもできたし、科学的研究能力も……うん、きりがないからね、挙げとくのはこのくらいにしとくけど。とにかく、なんでもできたんだよ。……ちょっとやれば、さっとね』
そして、もちろん、それだけではなく。
『人間性も、すばらしかった。優秀者の権利を忘れず、それでいて劣等者もリソースとしてたいせつにできる。困っているひとを助けて、より優秀になって。足りないひとを補ってあげて、さらにより優秀になった』
『……足りないひとを補うっていうのはつまりあれか、劣等者のぶんまで働きを見せるという――』
『そう。……お兄ちゃんはね、そういう社会貢献活動を怠らなかったから、……もう子どものころから、社会評価ポイントがとんでもないことになっていたよ』
もちろん、愛されもした。
『お父さんとお母さんの、誇り、もうほんとうに、生きがい。お兄ちゃんさえいてくれれば、あのひとたち最終的にはほかにはなにもいらなかったんじゃないかなあ。……冴えないひとたちでね。はるかむかしの時代から続くトラディショナリィなお店っていうのは希少価値はあったからこの社会でも存在を保障されていたけれど、でも、それだけ。……ほかにはなんにも、なあにんもない、ほんと、やんなっちゃうほど何ももってないひとたちだった。……私は、だから両親によく似たんだけどね?』
守那美鈴の兄は、愛された。
両親にも、だくだく、だくだく愛された。
『お兄ちゃんってほんとうに完璧なんだよねえ』
守那美鈴は、頬杖をついた。……マシュマロみたいな頬が、ぐにゃりと歪んだ。……生々しくて、なんとなく、目を逸らした。
『完璧。……私を妹奴隷にしていたこと以外は、完璧に完全に、パーフェクト』
視線を上げれば、……守那美鈴は、これまででいちばん、いや、はじめて――皮肉めいて自嘲めいた素の表情を見せていた、私はここに来てはじめて思った、……そんなふうに生き生きする顔だって、あなた、できるんじゃないの、って――。
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