そんななかで、淡々と
『私だって自分なんかができるだなんて思ってなかったし』
黒鋼里子は、やけに縮こまった感じでどこか申しわけなさそうに言った。……そんなポーズ、取る必要ないのに。
『でも、やってみたらね、これがあんがい、そのー、葉隠さんの話の真似じゃないけど、私けっこうできたっていうか……サンプルの子どもって何百人はいたはずだけど、私、そのなかのテスト成績でいっつもいっつもトップになれた』
はにかんでいる、じつのところ心底嬉しそうに、隠せていない、――隠せていないわよ黒鋼里子さん。
『研究者たちにも驚かれたみたい。どうしてあんな相対的超貧困エリアのテキトーに捕まえてきたガキのひとりが、って。なにか遺伝子や細胞や身体のキャリアなんかに秘密があるんじゃないかって、私はだいぶおおがかりな研究対象になったみたいだよ。……なんらか事実はわかったらしいんだけど、私には、それは知らされていないね』
そうやって、なんだかんだ、周囲の研究者たちに興味を抱かれ続けて――。
黒鋼里子は結果的に、とても興味深いサンプルとして、高等教育機関に放り込まれた。
通常の義務教育のかたち、カビが生えるくらいにオールディでありながらも、それでいてトラディショナリィという意味ではやっぱりいまだにマジョリティで広く行われて、もっともスタンダードとされる方法――つまり小学校と中等学校の過程を当然のごとく黒鋼里子は受けていなかったわけだけど。
それは、もちろん、どうにかなった。研究所課程で義務教育相当の教育を受けたという証明があれば、高等学校にだってそのあとにだって進学できる。
相対的優秀者の集まる高校にいきなり放り込まれた。
黒鋼里子はそこでは大層努力をした。
研究所では正直なところ自分自身にまったく期待をしておらず、ただ気がついたらトップになれたわけだけど、それがあくまで偶然でしかないことは黒鋼里子はよくわかっていたのだという。じつのところ。
だから、自覚的に努力をはじめた。
『周り、すごいやつばっかりだったし。こりゃ、死ぬ気で努力しないと、死ぬなあって思ったわ』
『なんや黒鋼さんやたらにオールディな旧時代みたいな美学言いはるやんなあ』
葉隠雪乃がからかうように目を細めた。
黒鋼里子はおもしろそうに短く笑う。
『古都出身の葉隠さんにそんなこと言ってもらえるとは光栄』
表面の言葉だけを追えば、皮肉とも、取られかねない言葉だけれど。
その言葉に、含みとかは――やっぱり、ないように思えて。
黒鋼里子はほんとうに死にものぐるいで勉学に励んだという。
やる気系、とか、旧時代かよ、とか、陰で言われていることに気づいても、歯を食いしばって努力を続けた。
黒鋼里子は暗記の能力に特化していた。だから、研究所式の詰め込み教育とは大層相性がよかったのだ。
しかし学校の勉強はそれだけではうまくゆかない。発想能力や、統合能力も求められる。
総合的によい成績を取るために、黒鋼里子は、とにかく暗記以外の弱点を埋めていく作戦を、取った。
加えて、黒鋼里子が努力したのは勉学そのものだけではなかった。人間関係にも努力をしたのだという。
人のマイナスの評判はほんとうにマイナスにしかならないと黒鋼里子は思っていたという。
『そもそも優秀者のなかの優秀者なんて、嫌な目にしか遭わない宿命だしねー』
だから、ライトなノリのキャラを身につけた。
自分に接してくれるひとにはなるべく丁重に、それでいて同時に、むかしもいまも高校生という生きものの普遍的に好きなスナック菓子のごとく、軽く、軽く、さくっと笑えるような振る舞いを心がけた。
陰口を言われることじたいはある程度は仕方ないと割り切っても、それが過剰にならないように、さまざまなことに配慮した。
授業中、生活、笑い声。あくまで一例でしかない。本人が言うには、細部まで。
『ノリよすぎてウゼーみたいになっても、かまわなかったよ。っていうか、それくらいのほうが、やりやすいでしょ。だって私はみんなと違ってさ、』
黒鋼里子は、言う。
みんなと違って、学業成績が振るわなくなったら、そこでお役目おしまい。
人生、ゲームオーバー。
私がどうにか生かしてもらえてるのはしかも人間としてどうにか生かしてもらえているのは、私がお勉強ができるって事実が、研究者たちにとってじつにインタラスティングの点でもファニィの点でも、おもしろかったからでしょう。
だったら。
学業成績が平凡になったら、私は、そこでおしまいだった。
平凡なサンプルになんてなんの意味もないでしょう。
事実、
『そうやって処分された研究室の同期を、何人、何十人、もっとかな……見送った』
ある者は、遠く引き取られ。ある者は、劣等青年となり。
ある者は、人権を制限され。ある者は、人権を剥奪され。
処分された。
研究所が、すこしでもコストを回収できるようにとの観点に立って。
人間は、子どもであっても。
養子であれ労働力であれ所有物であれ愛玩用であれ、子どものほしいところに売れば、すこしはお金になるし。
子どものヒューマン・アニマルとかは、市場価値があるし。
ほんとうにどうしようもなければ、畜肉処分にすればまあそこらへんにポイ捨てするよりはマシ――。
淡々と。
そんな環境下で、黒鋼里子は、努力を、ただ努力だけを続けた。
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