ゴミ置き場のねぐらに、優秀者たちが来た
そんな、あらゆる意味での貧困エリアでの子どもたちのあいだで。
気の強かった黒鋼里子は、自然と子どもたちのリーダー的立ち位置になっていった。
真っ黒で冷たい金属の上に、折り重なるかのように、まるで大量の廃棄物のように放置されていた子どもたちのグループの、ということだ。
彼らは全部で三十人ほどはいたという。ただしその人数も、彼らが十歳になるころにはおおよそ半分に。
気が強いというのはそのエリアでは大層な効果を発揮する。
だって、と黒鋼里子が言うことには。
食べものはその日で盗んでこなくちゃいけないし。
飲みものはひとさまの水道をこっそり引いたりするんだし。
衣服も布団もなんでも、ひとさまのを剥ぎとってくるんだし。
住むところだって、いくら貧困エリアであったって本来は公共のものであるはずの、ゴミ置き場なんだし。
当然、バレれば追いかけられる。
返せ、このガキ、と言いながら、貧困エリアに馴染みに馴染んだ果ての大人が、子どもへの配慮なんてなにもなく、ただただ物騒なもの、たとえば、フライパンとか棒とかちょっとやばめのやつだと包丁とか、を持って、追いかけてくる。
『そういうときに必要なのってなにより度胸なんだよね』
黒鋼里子は頬杖をつきながら、紅色桜ラテをひとくち飲んだ。
『そりゃ、もう、どうしようもないときってあるけど。相手が銃器持ってたら一発だしね。はいその瞬間、エターナルにゲームオーバー』
苦笑するかのようにはにかんで、マドラーで、やっぱりくるくる液体を回す、……だから、それはマナー違反なんだってば。ほんとうに。こういったカフェとかにおいての――。
『私、たぶんほかの子たちより強かったよ。なんでだろうね? みんなでおんなじようにドブに捨てられていたのに、なんだか、私だけが。そういうのって生まれつきでしかないのかな。仲間たちには、親がきっと気が強いんだよとか、どっかの政治家なんだとか超優秀者なんだとか、からかって言われたけど』
毎日、毎日。
ゴミと人の折り重なる貧困エリアの街とも言えない領域で、子どもたちは駆け抜けた。
その日暮らしの食べものを得るため。その日暮らしの食べものを盗まれた大人たちに、捕まらないため。
そして、ときには、意味もなく。ただ衝動で、駆けたくて――。
『とんでもない暮らしだったと、いまなら思うけど、でもふしぎと空が広くてね。クリスマスのオードブルをみんなで盗んだ日の夜空なんか、最高だったな。もう追っ手は撒いたってわかってるのにおかしいよね、みんなで走り続けたんだよ』
笑いあって駆けたんだ、と黒鋼里子は真面目な顔で言った。
そうやって貧困エリアで黒鋼里子は暮らしていたわけだけど、ある日、見出されることになったという。
彼女たちが家代わりにしていた巣のようなゴミ置き場に、唐突に、人が来た。
訪問者たちはしっかりとした格好をしていた。
みなスーツを着こなし、愛想笑いを惜しみなく浮かべていた。貧困エリアのゴミ置き場の子どもたちになんか、通常ぜったい向けはしないような――。
怪しい、どころではなかった。
どう見ても、本来ここにいるべき人間ではない。
黒鋼里子は子どもたちをかばうために真っ先に飛び出た。
かばうために親鳥のように両手を広げ、肉食獣になった気持ちで、睨み上げた。
『あの子たちも怖かったと思うけど、よく悲鳴とか上げないでくれたね。それに、いざってときのライフルなんか持ち出してこないで、ほんとうによかったって思う。だって、もしそんなことをしていたら――』
殺されていた。
容赦なく。
躊躇なく。
彼らの正体は。
ゴミのなかに暮らす子どもたちなんて紙きれ一枚よりも軽く殺せてしまう、優秀者だったのだから。
黒鋼里子は、なんだかそれがとっても重要なことのように語ったけれど。
……優秀者が、邪魔だったら、劣等者を殺す。
そんなのはまあよくあるとは言わなくたって、たまに聞く、ふつうのことなのに――どうしてこの女の子はそんなことにそんなにこだわるのかしら、わたしはそう思って、やっぱりもういっかい甘い甘いカフェオレをもうひとくち口に運んで、口のなかを甘さで湿らせた。わずかでも。
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