洋服が、届く

 南美川さんは、三着の服を選んだ。

 二十代の社会人女性がおもなターゲットらしい、きれいな洋服。チープすぎるわけではないがそんなに値が張るわけでもないそれらの服を、僕はあくまで代理として南美川さんのネイルデザインの収入のみで購入した――というのは南美川さんに向けての建前で、実際の支払いの半分以上は僕がこっそり出しておいた。……まあ、このくらいの額なら、生活にも貯金にもなんら影響はない。



 ロボット配達を選んだので、一時間もしないうちに荷物がやってきた。


 部屋のドアの向こうに、配達ロボが到着する。僕の個人オープンアイディーと部屋のオープンアイディー、そして荷物のアイディーを機械声で読み上げる。

 認証が成功し、ドアのちょうど僕が立つと腰のあたりに位置する荷物口にアームが突っ込まれ、ダンボールがドゴンと置かれた。

 ウィイイン……と、配達ロボはご利用ありがとうございましたも言わずに移動を開始したようだった。次の配達に行くのだろう。そりゃそうだ、……マシンにまでお礼を言ってもらえるのは、それなりに社会評価ポイントの上流階級でないと。


 この部屋はそんなに新しくないから、それこそロボット社会技術がスタートしたばかりのころのオールディなやりかたがそのまま残っている。プロトタイプとそう大差ないんじゃないか。

 まあ、なんとも古めかしい配達方式なんだけど――僕はべつに快適な最新テクノロジーの家に住みたいとかは思わないから、……これでいい。



 配達ロボットの気配が完全になくなったと判断してから、僕はよいしょと立ち上がって玄関の荷物口から段ボールを持ってきた。

 ……機械とはいえ、そしてその役目が単に配達というだけとはいえ、やはり馴染みのない相手は得意ではない。だれが、どこで操っているかわからないし。僕にとって最低限でも信頼できる機械は――それこそ、仕事相手でもあるNecoが管理する、家ネコの置物型マシンくらいなのかもしれない。



 荷物を持ってくると、南美川さんは部屋の入り口に待機してぱたぱたと尻尾を振っていた。

 僕を見上げる顔が楽しそうで、恥ずかしそうで、ちょっと赤く染まって見えたから――僕は、意図せずそっと笑ってしまった。



「……うん。南美川さん。あなたの、服だ」

「相変わらず、ロボット配達は速いのね……」

「ここは、そうでもないよ。ほら、この地域は、たいしたことない偏差だから。南美川さんの実家のほうが荷物が届くのはずっと速かったろう?」

「うん、でも――」



 ひさしぶりだから、ずっと人間の社会にいなかったから。



 あくまでも自然な雰囲気で言った言葉。

 その本質的な深刻さをもいっしょくたにして、南美川さんは僕の右脚を覆うようにすがりつく。ばたばたばた、と尻尾の動きが大きくなる。




「着て、みようか。あー、いや、先に……見てみなきゃだよね」

「うん!」



 不器用な僕はまたも後頭部に手をやる羽目になった。

 そして従者のようにしゃがみ込み、わくわくしている南美川さんに見られながら段ボールを手で開封しはじめる。そういえば、……南美川さんには、こうやって段ボールを開けるための手さえ、いまはない。



 はたして、そこには三着のおしゃれな服があった。

 上下に分かれているタイプのものはひとつもなく、どれもすっぽりと被るワンピースタイプ――まあ、そりゃそうだよなあ、と南美川さんのいまの身体的に、僕は内心でひとり勝手に納得をした。



「でもさ、南美川さん。ちょっと、意外だな」

「……え? なにが?」

「いや、南美川さんってもっとギャル系のファッションを好むのかと思ってたから」



 ギャル系。それはファッションに、とりわけ女性のファッションに疎い僕でさえも知っているほどの一大ジャンルだ。

 そして南美川さん自身の、人間だったころの生きざまでもあった――。


 ……ギャル。

 ずいぶんオールディで、それでいていつも新しい印象を受けるワードだ。古くから存在はするが、ずっとアップデートされている。そういうたぐいの、ものだ。

 ……どうにも起源を遡ると高柱猫が生まれたか生まれてないかくらい昔に辿り着くらしいんだけど、ほんとうなのだろうか。



「……うん。わたし、そっちのほうが好き」



 でもね、と言って南美川さんは困ったようにはにかんで、尻尾をわざとらしく一回、二回振った。



「それは、大学生のときまでだと思ってたの。ほら、あのね、ギャル系っていつの時代も若い女の子のためのものだから……そこからはね、……就職したあとはね、こういうキレイめな、ちょっとセレブリティなお洋服が、着てみたかったの。着てみようと思って――こういうワンピースもね、いくつか、揃えてたの……」



 僕はどうにもうまく返せずに、不器用にうなずいた。

 つまりそれは――果たされなかった夢だった、というわけだ。



 人間としての夢を、人生を、途中でぷっつりと切断された南美川さん。

 なにも本人が、悪いわけではなく――いや。その。このひとは、僕が粉々になるまでいじめてきた張本人でもあるんだけどさ。



 そんな南美川さんは解体して開いた段ボールの上に乗っかって、肉球でごそごそとビニール袋に入ったままの洋服を触っていた。ひたすらに。



「……わー、かわいいー……」



 それらの服を見つめる南美川さんの目は、ああ、輝いていてほしかったのに――やっぱりどこか遠くを見て、濁ってしまっているんだよ。

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