衣服と、尊厳
けっきょくあれこれと服を見たあと、南美川さんは、三着の服を選んだ。
もちろん、人犬用ではない。もちろん――人間のためのものだ。
そもそもが、衣服というのは、……そういうものなんだ。
……ヒューマン・アニマルに服を着せるのは倒錯的。
いつ、だれがそう決めたんだろうね、などとときどき大学や会社での世間話で聞く話だが――大学の対Necoプログラミングのゼミで高柱猫についての一般教養さえも叩き込まれた僕は、その答えと思われることを知っている。
彼は、いちどヒューマン・アニマルになった者が人間ぶるのを嫌った。
そもそも着衣が人間のあかしと考えていた彼は、……ヒューマン・アニマルのみならず、人間未満からはともかく衣服を剥ぎ取るような制度をたくさん、たくさんつくって、遺した。
……それは、彼自身が最初に尊厳を踏みにじられたときに、服を剥がれたからなのかもしれないけれど。
そもそもヒューマン・アニマル制度というのは、高柱猫が人間不信になったきっかけの人間未満たちを捕らえ、やがては動物的なキメラに改造していったことからはじまる。
人間未満たちの服を剥ぐことに、……大層、満足を覚え、つねに全裸でいるさまを腹を抱えて、畜生だねえ、と嗤ったらしい――。
そしてその後。まだヒューマン・アニマル制度が制度としてはここまで確立していなかった過渡期。
動物化とか、畜生刑とか、そういうふうに呼ばれていた時代。
僕はずっと、現代においてもヒューマン・アニマル加工というのは四肢を切り落とすのだと思い込んでいた。実際には現代では細胞手術によっておこなわれていると知ったけれども――その時代にはそこまで細胞技術が発達してなかったらしいから、……たしかに、その時期は外科手術で四肢を切り落としていたのだと、思う。
細胞手術ができないと、ケモノの耳や尻尾に神経を通すことはできないはずだ。
動物の耳のかたちのカチューシャやオモチャの尻尾をつけられた者も少なからずいたらしいけど、……すくなくとも、それらはいまのヒューマン・アニマルとは違って、着脱可能だったはずだ。
だから。
その時代ではまだ、動物化とはいっても実質的には四肢を切り落とすだけだった――いや、……だけ、だなんて表現するのもおかしい話だとは、思うけど。でも、その後の、いまの僕たちの社会のことを考えればね――。
その時代において、……動物化された人間に服を着せて、人間ですと言い張る事案が大層増えたらしい。
たしかに彼らは、……服さえ着せれば、まだぜんぜん人間に見えた。
それに当時は高柱猫の改革とともに
……だから、当然、服を着せたうえで、そういったマシンを与えて。
動物化の事実を帳消しにしようとする行為は、本人や、本人の周囲のひとたちによって、容易にあらわれてきた。
高柱猫の語録にこんなものがある。
ゼミの授業で、僕は、……オールディな映像とともに、見せられた。
声は、耳に滑らかに入ってくる青年の声質――つまり、当時やっと完成しつつあったボイスチェンジャー技術を利用したものだった。当たり障りのなく聞きとりやすい、青年の声。特有の機械音があった時代なんてそれこそ旧時代以前のことだ――。
――あのさあ。
服なんか着せたら人間サマとおんなじだろ。え、なに、種としてのイヌやネコもペット服とか着てるだろって? あいつらは、いーの。だってそもそも毛皮がモフモフなんだぜ? その上にもこもこした服だの着せてもたいして変わりゃしねーよ。まあ、イヌネコにとっちゃいい迷惑かもしんねえけどなあ。僕、畜生にそこまで思いを馳せて想像してやって思いやることとか、できないんで。
そうじゃなくってさあ、こう、なんて言うの? わかんない? あー、わかんないなら教えてやるけどお、こんなイージーなこともわかんないんじゃ遅かれ早かれ動物ゆきだねー。ハッ、嘘、嘘、冗談。真に受けないでよ? ……ほんとに人間らしくもないなあ。
僕がさあ、言いたいのはさあ、動物化した人間ってさあ、要はもう人間じゃなくて動物なのにさあ、そいつらに服を着せて、人間みたい! とか喜んでいるその性根がソイツも人間未満だねってことなんだよ。
つーか、そういうペットと飼い主とか気持ち悪い。
気持ち悪いったらありゃしないわけ。
なんのために動物化してやったと思ってんの?
人間であるなら死ぬべきだったところをさあ、
これも救済だと思って、わっざわざ、動物になれば生きててもいいですよーって認めてやってんだけど――?
……ごく一般的には、ヒューマン・アニマルに服を着せることが倒錯的とされるのは、やはり外見が人間に近づきすぎてしまうので不合理だということになっているらしい。
でも、ほんとうは、……高柱猫は。
尊厳を、細部に至るまで削ぎ落したかっただけなんだと、僕は思う。
なにかを、大層恐れて――。
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