見下ろす

 片づけを、はじめた。

 ブラインドカーテン越しでも部屋を満たす朝の光と空気。チラチラと舞う埃が目視できる。

 ……そんな朝に見てみると、昨晩遊び散らかした部屋はひどいものであった。惨状と、いえるくらい。


 直視するのも嫌なので、ふう、と両手に腰を当てて息をいたらすぐにはじめた。



 まずは目に痛いところから。床一面を覆っていたゲームシートを折り畳む。昨晩はこんなにキレイな色があるなんてと感激さえしたマットだったけど、いま見てみれば僕の部屋なんかには似合わないやけに毒々しい色だとも思う。


 次に優先すべきは食べ物飲み物関係。ガラスのローテーブルの上にひしめき合う空き缶を見たら、起きてからやけに重たいこの頭の原因はきっと二日酔いなんだと思い当たった。それにコンビニで買ったおつまみの残骸たち。ジャーキーやチーズは食べ終えてしまっているが、イカ系のおつまみだけが食べきれなくて十本ほど残っている。食べカスはどの食べ物のモノもひどいもんだ。それに、ずいぶんな量が床にも落ちてしまっている。

 とりあえず空き缶を台所に運びながら、コンビニで貰っていつも溜めてるビニール袋を持ってくる。そこに残りカスを手をホウキのようにしてとにかく突っ込んでいった。サッ、サッ、サッと……自分自身の身体をツールとして使うことには慣れてるけれど、……だなんてどうでもいいことをこんなときに思った。……ぜんぶ捨ててしまおうと思ったが、思いとどまって、残ったイカのおつまみだけはプラスチックのパックごとラップをして冷蔵庫に突っ込んでおいた。


 いったんテーブルの上をクリアにしたら、次は雑巾で拭く。ボロボロと大きめのカスが濡らしたボロ布に付着していく。だから力強く拭いていった。テーブルの上から濁りがなくなると、ある程度いつも通りの部屋に近づく。あとは、汎用型ゲームボックスと設定用アシストコントローラーが転がってるくらいで。うん、まあ及第点と自分で納得したのち、そして次には掃除機をかける――



 ――かけようとして、掃除機を手に持った格好で、僕のベッドの上でおすわりの格好で待機してもらっている南美川さんを振り向いた。



「掃除機かけるけど、いい? 南美川さん」

「……そんなのわたしに許可を取ることじゃないわ……」

「うん。だけどこの掃除機は知っての通り、あんまりいいやつじゃないんだ。コスパ重視のオールディタイプだからさ。音がうるさいだろ? だから声をかけるくらいのことはしてもいいよね」

「……うん……」


 南美川さんはしょぼくれて、耳と頭をうつむけた。

 まあ、なんのことだかは見当はつく――つくのだけれど。




「……いいよ、南美川さんは。そんなこと、気にしないでも」



 片づけや、生活のことなら――人間の仕事だ。



 南美川さんはこちらをちらりと上目遣いで見つめた。

 けどすぐに気の抜けるようにふっと笑って、そうね、そうよね……とつぶやいて、おすわりの体勢からこんどはベッドの上に、伏せた。


 僕は歩み寄って、その頭を撫でてあげた。



「そう。そうそう。……ちょっとだけうるさいけど、片づけ終わるまで辛抱してね、南美川さん」



 うん、と南美川さんは尻尾をぱたぱたさせた。

 その顔には、こう書いてあるような気がする――わたし、待つこと、できるもの。

 辛抱が、できるもの。

 だって、いい子だから――。



「……いい子だよ。南美川さん」



 そして僕は掃除機をオンにし、ガアッといまどき珍しいほど威勢のよい家電作動音とともに部屋をきれいにしていった――ガツガツとした感触と音がすさまじいのは、やっぱりそれほど部屋が散らかっていたから……なのだろう。思えばこのごろそもそもの日常的な掃除もろくに、できていなかった。そう考えれば、ある意味いい機会……なのかも。しれない。



 掃除機をかけながら、床を見つめながら、僕はぼんやりと考える。

 ああ――どうしようか――これから――これまで――なにもせずに――。

 考えることは山ほどあって、……南美川さんと話し合わなきゃいけないこともあって、それなのに実際にしていることといえば酒盛りにゲーム、って。

 怠惰、どころか。――いろんなものを裏切るような感覚さえしてくるのだ。




 だから、僕はここ一週間、ずっと家にいられて遊んでいてもよくてしかもそれには正当性があるなんて、楽すぎる生活のなか、それでも、……それでもうめくように思い続けている、

 ああ――どうしようか――これから――これまで――なにもせずに――。

 そう、……ただ考えているというだけで、実際には、なんにもどれとも向き合っては、いない。




 僕が、僕は、……僕だけが、どうにかしてあげられることなのに――。




 そう思って、なかば掃除よりも思考のほうに意識が向いていたとき。

 ズボンの裾を、ちょいっと噛まれた――見下ろせば、南美川さんがくわえて見上げていたのだった。……なに、なんだろう、そのなにかを訴えかけたそうな顔は、目は、なんなのだろう。

 掃除機をオフにすることさえ忘れて僕はぼんやり彼女を見下ろしていた――僕がいま世界でいちばんどうにかしなきゃいけない、相手を。

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