朝のお風呂(3)地獄のごとく
ドアノブを回すとガチャガチャと音がして開かなくて、きちんと施錠されていることを確かめることができる。
そんなことまで確認してしまうという僕のどうしようもない事実を僕は、――南美川さんに、申し訳なく思っている。
申し訳なく思うけど、……曝せないのは、もっと事実だ。
はあ、と息を吐いた。
苛立ちめいたものではなく、自分を鼓舞する響き。
済ますなら――さっさと済ませて、南美川さんのもとに戻らないと。
そして、……きょうもいっしょにだらだら遊ぼう……。
……ぼんやりとドアノブを見つめるのはもうやめにして、
僕は、服を脱ぐことを決心する。
服を脱ぐ。
あの嵐のごとく僕の尊厳を襲ったすさまじいいじめのときには、……なんども、なんども、強制的に曝されたモンだけど。
そのあとには。
引きこもりのときも、大学生のときにも、一貫して。
実家にいたころも当然自室と風呂場でしか僕は素肌を出さなかった――リビングをはじめとする共有スペースでは家のなかでさえ、長袖長ズボンに靴下を穿いて過ごした。家のなかでは首回りにはとくになにも巻かなかったので、……つまりそのぶんは、いちおうは家族というひとたちに対してのある種の安心が、あったのかもしれない。
そして、いまは。
……南美川さんが来るまでは、僕は自分ひとりの部屋のなかでなら長袖や長ズボンや靴下がなくても過ごせるようになって、とくに夏なんかは冷房もそんなガンガンに効かせなくて済むし、……なにより重たい過剰な衣服がないのは身軽だった、
すごく、……すごく楽な気分を社会人になってからのここ半年以上は味わっていて、
けども、いまは――南美川さんが、来たから。
……一枚、一枚。脱いでいくことにする。
まずは、重たく湿ったTシャツから。
思い切ってバッと脱ぐと――そこには、ひとりの男の身体があった。
平均的にどうなのかとかは、わからない。僕はどちらかというと痩せ型で、でも体型が相対的に優秀というわけではない。あまりグルメに興味がなく、食事は簡易的に済ますので、ほとんど太らないのだ。……望めば、食事なんてものはいくらでも簡易的にできる時代。
真夏でさえ全身を隠すことを貫いているから、……相変わらず、服を脱ぐと真っ白だ。
でも、平均的にどうなのかとかはわからないけれど、僕の身体はやはりいつものように僕の目には――ひどく、大層、醜いモノに映る。
貧弱で、気味の悪い身体。
でももっとキツい事実は、――自分がどんなに自身の身体を見つめたところで、ほかのひとにはもっと……醜く見えてるんであろうという事実だ。
いっそ。滑稽なことに。――高校時代の相対的評価を判断軸とするならば。
隠すほどのモンじゃない。つまり、……それほどの価値もない、きっと醜くて嘲笑われる対象の、僕の身体。
……いや。
きっと、ではない。それは、事実なのだ。
だって、そうでなければ、どうして僕はあんなに――
……いまよりずっと強気で言葉遣いも荒くて目をぎょろぎょろさせて這いつくばる僕を遥か高みから見下ろしてきた南美川さん、
『シュンのくせに、恥ずかしがってんの? きっもちわるー! わきまえなよ、自分ってものを! 劣等者はアタマもだし、身体の隅々に至るまで劣等なんだよ!』
――隠したいと思うところを隠すことさえ正当でもないとされ、日常的につねに曝され、……隠したいと思うその気持ちさえ、丸裸にされて嘲笑われた。
……手を股間にやるだけで蹴られたりした……そんな行為さえ、禁じられた。
人間として、当たり前の行為のはずなのに。だから僕が得る結論は妥当だろう。僕は、――人間ではないのだと。
……いまや、南美川さんのほうが、隠す権利は失われているわけだけど。
でも、僕は――
「……僕は、南美川さんが服を着てないと、いまも、……どきどきするのにな」
心のなかだけにしまっておけず口にまで漏れ出てしまったソレは、気持ちの悪い、本音だった。
とても。――高校時代の南美川さんが聞いてたら、なんならバットで血まみれになるまで殴られたのではなかろうか。
でも、それはほんとにほんとの奥底の本音で――。
「……南美川さんは、僕の裸を見ても、ただ、おもちゃにしただけだったのにな」
根本的な劣等感は生きても生きても強く煽られ、僕の心を、地獄のごとく焼き続ける。
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