ネネさんの説明(10)僕は弱者と猫は言った
ネネさんはそっと息を吐き出して、たぶん、……冷静になるために、
「……いいか。春。政治家というのは、すくなくともNeco人工知能圏においては、相対的最上位クラスの者たちだ。
なにせ、……権力がある。権力を得るためのシステムは、現代では複雑怪奇だ。ちょっとやそっとでは、得られない。よほど優秀であることなど前提の前提、クリーンに生き、世のためひとのためと生き、社会を、ひいては世界をよくする――なによりその職務としてもっとも重要なことは、……Necoと対話して、倫理の更新をおこなってくこと」
橘さんも、そうですねとうなずいた。
「来栖くんが知ってるかどうか、わからないけど。すくなくとも私たちソーシャルにかかわる人間としては、当然の前提知識として。
旧時代の旧国家制度では、憲法の改正というものがありました。現代の私たちの社会では、そのシステムが一部継承され――倫理は法律に先行して、法律の主体は人間であっても、……倫理の主体は、権力にあるのよ」
……専門的な話は、どこかでなんどか聞いたことはあっても、やっぱり難しかったけど。
でも、そんなことより、つまり、つまり、つまり――それは。
「ああ。亜音斗の言う通りだ。……むかしのが、まだマシだったんじゃないかなと私なんかは思うよ。
それで、春のほうがきっとNecoなんかピンポイントに詳しいんじゃないか? ん?
質問タイムだよ。Necoは、権力というものをどう取り扱ってたんだ?」
「……非常に、慎重に、取り扱ってました……」
すっ、と答えが口からついてきたのは、――そう、
ああ。ゼミの、変人教授。あのときには正直煙たいと思ってたけど、――Necoについての教養を、プログラミング以外なんら興味もなかった僕にも叩き込んでくれて、ありがとうございました、――そっか、そうだよな、Necoはもとは高柱猫だったから、その価値観が、ベースなわけで、
「うん。そうだよな。なぜ?」
僕は、すこし考えた。
あのとき、聞いたいろんなことを。学生当時の頭では処理をしきれなかったことを、でも、いまでは、……いつのまにか自分のなかで自分なりに咀嚼もされていた、ことを。
「権力は、――力は、強いから。
強い力をもつ者は、……だれかを、理不尽に傷つけうるから」
加害の原則。
高柱猫が、とくに若い時代に言いまくったこと。
そして、そのあと。
自分自身の思い描く社会を、――弱者が泣かない社会をつくり上げた、すくなくともそのようにみなされた、あとも。
……たぶん、自分自身がけっきょくは強者に行きついた、そのあとも。
ほかならぬ猫自身が、強者に蹂躙された弱者なのだと、彼は生涯主張したから――。
「そうだよな。――ビンゴ。
だから、猫さんは権力の所有の方法を、じつに慎重に検討した……。
ここにかんしては、悪いのは猫さんではない。――後世の一部の政治家たちだよ。
政治で失敗すれば、人間ではなくなる。
……だったらいちど人間やめちゃえ、道楽するんだ、そんでほとぼりが冷めたら戻ればいい、と、
……富さえも社会相対的上位層に集中するんだ、政治を数年やっただけで、金は、……溜まる、
一生どうにか生活できるなんてモンじゃない、……そのまま外圏で一生、豪華に暮らすことだって充分可能なんだ、
上位層の、とくに若者たちを中心にいま政治家は人気のある職業だよ――なにせ二十歳そこそこまでそれなりにいいヤツを演じて、弱者のためと上っ面では微笑み続ける、たとえ途中で失敗したところで――人間やめれば、それで帳消し。
リスクを取るだけのリターンがある、ってな――ほんとうに、人気なんだよ。……能力はあるが、心のない若者たちにな……」
……まるで、おとぎ話のようで。
それくらい、現実感がなくて。
ああ、おとぎ話みたいに南美川さんに聴かせてあげたいと思ってすぐに思い直す、……南美川さんに、こんな話を聞かせられるわけがないということにニブい頭がやっと追いついたから。
……ネネさんに向かおうとしていた怒りはどこかになくなっていた、でもほんとは消滅したわけじゃなくて、変質したんだ、――システマチックに動いていたと思っていたこのNeco社会の、裏や綻びが、見えはじめてきた気がして――。
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