説明(5)ネネさんのところへ

「……いいよ、いいんだよ、南美川さん」




 シュンは――わたしの頭を、耳をいっしょに、なぞるようにして撫でてくれていた。

 なんて、なんて優しい撫でかたなんだろう。このひとは。――どうしていつも、わたしのこころの奥までいっしょに撫でるような、そんな撫でかたをできるんだろう。




「……そうだね。ほんとはたぶん、僕も慣れてはないんだろう。……どうしてどこにいっても、僕はそういう扱いを受けるのかなあ、って……もちろん、僕が悪いんだ。劣等であることも、不器用であることも……ひとと話すのが、怖いことも……」




 けどね、とシュンは息といっしょにどこまでもあたたかく、いっそおかしそうに、笑った。

 そして――両腕でわたしを、包み込むように抱きしめた。全身を。――すべてを。





 ……新月が、遠くて。

 きれいで。


 ……寒くって……でも、このひととくっついてる、ふれあってるところは、あったかくて……。




 こんなとこ。

 だれかが通りかかって見られてしまって、……通報でもされたら、一発で、……あなただって……どうなったものか、わかったもんじゃない、

 責任質問せきにんしつもん、されてしまって、そのまま倫理監査局の発出所支部はっしゅつじょしぶとかに、連れてかれてしまったら、社会評価ポイント的に、マズいのよ、マズいんでしょう、――あなたはきっとそうなのに、




 それなのにどうしてあなたはそんなにも穏やかな顔をしているの。

 まるで――余裕さえも、あるかのように。





「……慣れなくても、南美川さんが知ってくれてるから、僕はそれでいいや」





 シュンは、そんなこと言って――わたしに向かって、どこまでもどうしようもない顔で微笑んだ。





「南美川さん。聴いてね。そして、ちゃんと僕の言ったこと、やってほしいんだ。

 ……クローズドネットに僕は爆弾を仕掛けておいた。物騒なものじゃないよ。ただ、……僕のクローズドネットが全開示されたら、その場でバンっていく、爆弾。


 ……あなたの、社会評価ポイント履歴書。そして、なにより、遺伝子情報。

 あなたが人間に戻るのに必要なもの。だよね。……ネネさんが、言ってた。準備して、って。遠いむかしのようだけど、……まだ先週の日曜日にそう言われたばかりなんだもんね……何日だろう、きょう、何日経って、――何曜日だかわからないなんて感覚ひさしぶりだ、懐かしいなあ、……それこそ引きこもりのとき以来だと思うよ……。


 僕のクローズドネットが全開示された瞬間に――通信のほかのプロセスをすっとばして、ネネさんのクローズドネットにいくようになってる。クローズのほうだから、……南美川さんの家族だって、その情報を取り返したりとか、いじることは、もう、できない。そのファイルをもっているのは、そして、維持したまま保有できるのは、僕以外にはいま、いやもうネネさんのほうに権限だって全渡ぜんわたししたんだから、そうだね、いまはもう、世界でもう――高柱寧寧々さん、ただひとりだ」



 ……そっか、シュンはネネさんのことなら、そうやって、ある程度のかなりしっかりとした信頼ができたんだ、


 シュンはまるでわたしのそんな思考を読み取ったかのように、


「……ネネさんならきっとあなたのことも人間に戻してくれる……」


 わたしはどくんとしたけれど――


 シュンは続ける、

 でも、いきなりだからネネさん驚いてると思うんだよね――そう言ってシュンはまたしても、どこか楽しそうに、……新月を見上げた。



「ほんらい、クローズドネットからクローズドネットへのダイレクティアクセスは、できないはずだから。

 ……僕はね、これでもNecoのことはすこしわかるから、……ネネさんは、驚いてることだろう。いきなり、あなたの情報ファイルがダイレクトに自分のクローズドネットに送られてきて……。たぶんいくらえらい学者とはいえ、Necoはツールとして使ってるだけのはず、だから……。

 だから、まず、南美川さん。……僕がそれを独断でやったんだってことを、ネネさんに、僕の代わりに謝ってほしい」

「そんなの、そのくらいのこと、謝るわ、あなたのぶんまでわたしがぜんぶ謝るわ、……土下座だってしてもいいわよ……!」



 はは、そこまではいいよ、ってシュンはやっぱり、笑った、



「うん。でも。……頼もしいな。だったら、南美川さん。……次も、お願いできそうだ……」




 なに、なんなの――わたしがそう訊いたら、シュンはまた、なぜか笑って、こんどは声を立ててちょっとのあいだ笑って、わたしを、シュンのおなかのうえに、――乗っけた、




「……ねえ、南美川さん。月がきれいだなあ……」




 シュンは、ほんとうにほんとうに嬉しそうな笑顔で、なんだか、無邪気にさえも見えて、幼い笑顔、なんでどうしていまそう笑うの、そんなふうな反応をするの、どんな、どんな感情なの、


 けど、けど、――わたしだってつられて泣き笑いしてしまうくらいには、その笑顔は魅力にあふれていたのだ。奇妙にも――。

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