なでなで(4)もふもふ



「う、うう、ううう、……シュン……」



 なおもシュンにすがりつこうとするわたしに化は音もなく、這いよるようにすり寄ってきて、

 わたしの、身体を、……そっと離した、


 わたしは大声で叫ぶ、やだ、やだ、やだやだやだあああ、って、


 わたしはこれでも全身で全力で暴れているの、いるの、

 それなのに化はぜんぜん、動じないの、――あなたいつのまにそんな力を身につけたのって、思う、

 余裕のかまえで、わたしを、……子ども、たかいたかいするみたいに宙ぶらりんに、持ち上げて、

 喉が痛くなっても喚いて髪の毛を振り乱してでも首を横に振って、そんなわたしを、……いとおしむように見ているの。まぶしいものを、日の出でも、……拝むかのように。



「……姉さん。金髪が、きれいだ。ぜんぶ。金髪が。きれいだよ、姉さん……とっても……」

「……う、うう、やだ、やだよお、お、おろしてえ、はなしてよお、……髪の毛のいろ、なんて、いまっ、どうでもっ、いいの……」

「どうして? ……黒く、染めるのを嫌がったのは、姉さんのほうだ。でしょ? ……だから、姉さんは、……黒髪の家族の、なかで。ひとり、だけ。金髪だった……ふふ、いまも。だね……」



 たしかに、――そう。

 わたしの金髪は、地毛だ。学校とかでもよく染めてるって思われてたけど、……べつに、わたし、髪の色が自由になるくらいの相対学力偏差値や集団内相互評価ポイントは、稼いでいたし、染めてるって言われればそのままそう思われててもいいやって、とくに訂正はしなかったの――じっさい子どものときには、髪染めてるんだあ、って言われて、おとななんだね、みたいな視線向けられるの、……そうそう悪い気も、しなかったんだし。――ほんとにおめでたい子どもだったわよね。


 ……ママが、ほんとは、金髪で。

 わたしは、完全にその、……遺伝だったのだけど。


 ここは、日本、という区域では、あって。日本人の典型的な遺伝子モデルパターンとしては、やっぱり、髪の色はほぼ百パーセント黒色なのだ。それ以外は、――すくなくとも伝統的な日本人のモデルパターン外から入ってきた遺伝によるもの、なの。

 いまはべつに染めなくとも、髪の毛の遺伝子をいじることによって、きれいに髪の色を変えたりもできるのだそうだ。そういうのが、先駆け的にもうおこなわれてるんだって。

 シュンのお部屋で見せてもらったオープンネットのニュースで、書いてあった、から。……わたしが国立学府の学生だったころにはまだ試験的に準備されていただけのそういう、応用、が、実用化されていたってことなんだ――たった二年ではあるけど、浦島太郎のころの二年とは、きっと違うの、――わたしはやっぱり浦島太郎みたいにさみしいいっていうのは、きっと根本的には、変わらないんだ。


 ママの顔立ちは日本人的だし、ママは遺伝子的に言っても日本人といえば日本人、みたい。

 でも、ママもちょっと、出自が特殊で……研究所の、ずうっと奥にいたひと、だったらしいから……さまざまなパターンの遺伝情報を、ほんとうにいろんな遺伝情報をね、もっていたみたい。

 そこで、……パパと、出会って……。そんな話は、すこしはわたしだって聞いていた。


 ママは金色のはずの髪をずっと染め続けた。黒く、むかしの言葉でいう、大和撫子みたいな感じで。

 わたしは、ママも地毛で黒髪なんだって思ってた。だって、ほんとのほんとに子どものころ、……お風呂、入れてもらってても、髪の毛以外のどこもぜんぶツヤツヤした黒色だったし……。


 でも、わたしは、髪の毛もだし、腕とかおなかとか、……下半身とかも、だけど、どこもふわふわの金色なの。

 さすがにおかしいって思って、小学校に上がる前にママに尋ねた記憶がある。……小学校にいって体育の授業とかがあって、そのときも着替えとかもするのかな、そのときに地毛が金髪だって言えば自慢になるし、でもパパとママもおんなじ金髪なの? って言われて答えに詰まるのが嫌だった、わたしはつまるところ、――小学校でさっそく自慢をするときのための理由づけが、ほしかっただけだ。


 そうしたら、ママに言われたのだ。――あの当たり障りのないにこやかさで。



『幸奈。……髪を、染めてみる気はない?』

『え? ……なんで?』

 幼いわたしは、もちろん心外だった。

『なんでって……』

 ママは、困ったように微笑した。



『この国の平均的範疇からあなたの髪の色は外れているのよ、幸奈。……あなたは、ナチュラルな子だから、私のものが遺伝してしまったのだわ。

 ……平均的範疇に入って何も悪いことはない。とくに、人生の初期段階においてはなおさらよ。ねえ幸奈。あなたは、そうは思わないかしら?』



 わたしは、ママの言っていることが、……わからなかった。

 そもそも、理解ができなかったのだ。

 ただ思ったことといえば、髪を染めるのはいや、ってこと――赤いりぼんが似合うと当時から褒めそやされていた、金髪。

 ママは、なんとなく、……金髪は嫌みたい、

 けどそれとおなじくらいゆきなだって染めるのはいや――それくらいの、気持ちだったのだ、……それは、なんと、幼くて。




 化は、太陽にかかげるかのように高く両手で持ち上げたわたしの、下半身の、すこしだけ、……生えちゃってるところに、

 あろうことか、その顔を、――うずめた。



「……ひゃ、ひゃうっ」



 わたしは反射的に変な声が出てしまう、


「やめ、やめて、なに、なにしてるのっ、そ、そんなとこ、……やめてよっ、ね、や、――だからやめて、そ、そこっ、ううっ――!」

「……姉さんのきれいな、金髪。染められてしまわなくて、よかった……」



 化、は、……この、男の子、は、……若い男性の、ひと、は、

 ……わたしの下半身の生えているところになんども口つけたり、おでこですりすりしたり、してきて、

 そこ、なんで、たしかに、……ぼさぼさじゃないよ、ちゃんときれいなかたちに、なってるけど、けど、


 ……だって、だってシュン、わたしのことおめかしさせてくれたのよ、

 こんな、とこ、……女のこんなとこ手入れするの、嫌なはずなのに、気まずいし、そこのお手入れのことなんか、……いちばんきっと男のひとが見たくない、知りたくない、とこなのに、

 あの日わたしのアンダーヘアをさっぱりさせてくれたとき、ネネさんから言われたこと、ちゃんとメモまでとって、

 すんごく気まずそうに、そして恥ずかしそうにしながらも、シュンは……わたしのそこまでととのえてくれたの、

 南美川さんの実家に行くからね、そこもちゃんとお手入れしとこう、ごめん、南美川さん、――この形でいいのかな、とかわたしに訊いて、……そんな、こと、男のひとなのに、


 シュンが、――シュンがやってくれたのよ、

 シュンだけが、ふれていいのよさわっていいの、

 化なんか、ふれちゃだめ、さわっちゃだめ、

 シュンはいいの、シュンはいいけどあなたがどうしてわたしのそんなところをそんなふうに、する、の――!



「……どうしてぇ……」

 気持ちは気丈なつもりなのにやっぱり涙声になってしまって、ああ、その事実がまた泣けてくるよ、

「……どうして、わたしの、そんなとこ、すりすりするのお……やめてよお……きも、ち、わるいの、あ、や、う、――うううっ!」


 化はわたしの言葉でさらに興奮したみたいに強く唇をわたしの陰毛のいちばん深い逆三角形のところに押しつけてきた、

 生あたたかい息まで吐きかけてくるの、




「姉さんのこと、もふもふしてる。……だけだよ? もふもふ……もふもふだよ、姉さん。

 もふもふ……もふもふだ……ふふっ」





 ほん、と、なん、なの、なんなのよ、……この子……。


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