なでなで(2)同レベル
後ろではいまもなにかシュンがはっきりしない声でつぶやいているの、
なにか一生懸命きっとだいじなこと言ってるの、
でも、わたし、いま背中押さえつけられてて、動けない、から、
伏せの格好でつるつるの背中で感じる感触、
……化ちゃんは、片手でわたしの背中を固定するかのように垂直に押さえつけて、
もう片方の、手で、……わたしを、撫ではじめた。
背中にぺっとりとはりつくような弟の手のひら、その感触にわたしは思わずぎゅっと目をつむる、……ぴちゃっとした水のように冷たい。
その冷たい手のひらが、ぴと、ぴと、……ふしぎな感想だけどカエルのキャラクターの手みたいなイメージをもってしまう、
そうやって背中のうえに手のひらをなじませるかのようにしてなんどもなんども、乗せたあと、
こんどはそうっと、なんども……背中を全体的に首のほうから、……お尻のほうまでちゃんと、撫ではじめて……。
「……かわいい。かわいいねえ、姉さん、……姉さんはかわいい犬なんだねえ、かわいいよ、いい子。だよ」
わたしは目をつむったまま声もあげずに泣いている。
撫でられてる、だけ、だけど、――シュンにされるのとまったく違う、
化ちゃん、あなたは、弟で……弟で……だから、
あんまりの仕打ちに、あんまりよ、あんまりよって思いながら……。
剥き出しのお尻をつるっと愛しむように撫でられたあと、化ちゃんは、――わたしの顎に手を持ち上げて無理やり見上げさせた。
わたしも、反射的に目を開けてしまう。
「どうした、の。……なんで、泣いてるの?」
「ひど、い、……ひどいわ、化ちゃん、ひどいよ……ひどいのよ……」
「……ひど、い? なにが? ……だいじょうぶ。ぼくが、もっとね、撫でてあげるから。ね」
「……やめて」
やめて、と言うわたしの声はでも、もう、――すでに力を失っていた。
反抗心さえ、迷子だった。
いつのまにやら尻尾と耳も、声の響きとおなじで――ぐんにゃりと力なく垂れていた。
「……やめて……」
尻尾と耳は嘘をつけないし、声で嘘をつく余裕ももういまのわたしにはないみたいだ。
「姉さん。いいよ。そのまま。伏せだ。できるよね? 伏せ。そうだよ。そのまま、そのまま、ね……」
なで、なで。……なでなで。
撫でられるたびに鳥肌が止まらない、
だんだん嗚咽も止まらなくなっていく、
「……きもち、いい?」
「……きもちよくない……」
「どうして? じゃあ、どこが、いいの?」
「……あなただからだめなのよ……化ちゃん……」
わたしはあんまりにもつらくて、口から出るままに言ってしまった、
「わたしは……シュンに、こうされたい……それ以外のひと、は……いや……」
「……そっ、か。姉さんは……あの子、を飼い主だって、覚えちゃってるんだもん。ね。……だいじょうぶだよ、ぼく、ね。いま、それを、説明しにきて、あげたいんだ。……真ちゃんは、夜遅くて、朝も、遅起きさん、でしょ? ……だから。姉さんを、なでなでできるの……いまだけだって、ぼく、思って……」
化ちゃんはわたしの背中にまたほっぺたを押しつけると恋人みたいにねっとり言う、
「……ちがうよ。飼い主じゃ、ない。
その子は、ね。……姉さんの、おムコさんなんだよ。つがいの……姉さんと、おなじレベル、の、カテゴリ、の、――ヒューマン・アニマルに等しい。よね?
だから、すぐに、……手続きも、はじめるよ。
そうし、たら。すぐに、ね。その子も、ちゃんと、犬に、なるから、……そしたらいっしょに、仲よく、この檻のなかで過ごせば、いい。
ああ、気にしなくてね、いいんだよ? コストとかは……ぼく、たち、……一生飼ってあげる、からね。……いい子にしてたら、だけど。
だってね――ペットは、癒しだもん」
……なに、を、言ってるの……。
「飼い主は、その子ではなく、ぼくたちだ。
……賢い犬は、飼い主を間違えたりなんかしない。そうでしょう――ねーえさん」
のっぺりと平坦な声で、それなのに歌うように、弟はわたしを呼んだ。
「すぐ、だよ。一週間、くらいだ。……その子の、人権、奪うことなんて、ふふ、……お父さんとお母さんにしてみれ、ば。すぐだって、こと。わかるよ、ね? ――姉さんの人権だって、あっというまだった」
「そうよ、そうよわたしだってあのときなんの前触れもなく――!」
「……ふふ。だから、ね。きっと、姉さんよりも、……かからないよ。時間」
「……一週間もかからないっていうの……」
「そう、だよ。だから。……人間の、からだは、その子も、最後だから、……記念に楽しんでおくと、いいんじゃ、ないかなあ……」
「……やめ、てよ……わたしだけじゃなくて、なんで、シュンにまで……やめてよっ、ぜったいにやめてよっ、そんなこと!」
「ほーら、ほら。……よしよし。よし。興奮、してるんだね姉さん、かわいそうに……かわいそうに……」
化は背中を撫でてくるけど、
「なんで、なんでよお、ひどいじゃない、そんなの、たすけ、助けて――シュン!」
「……無駄だよ。姉さん」
ひどく冷酷な化け物の声がはるか雲のかなたの上にも思えるところから降ってくる、
「……客観的、データ的に、見ても。……そのひとが、能力で、ぼくたちに多少でも、どうにかできそう、だったのは、まさしく、……Neco対話。だけ。
とっても、よく。考えたんだろう、ね。すばらしい、できだったよ、……ずる賢いのは犬にも、いい性質だし。人犬に、ね、向いてる、よね? 適性が、あるよ、ふふ、――いい才能だ、ね。
けど、だからもちろん――封印。させてもらった。……Necoを知る前のアタマに、頭を、戻しちゃった、……えへへ」
きっと、あのときの、ママの、注射の薬で――。
「Necoと話せない、あの子には、人間的な特徴がもはやひとつもないよ。ねえ。……そうでしょう?
そう、思ったから。……姉さんだってあの子を高校時代に人間未満としていじめた、んでしょう」
わたしは、それには、なにも反論が、できなくて、しようが、なくて――。
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