撫でて

 シュンはこちらをじっと見ていた。……はあはあ、ぜいぜい、呼吸はとても苦しそうなのに。

 まじまじとして……驚いたようで……それでいて、……なによ、なによその目、なんで、そんな目をするの、怖がっているのになにかもの言いたげな――目をするの、シュン……。


 ……そうよ。あなたはずっとそうなのだわ。高校のときから、ずっと、ずっと、

 顔に書いてあることが、いっぱいあって……仕草が、訴えかけていて……視線が、語っていて……あなたを馬鹿にするのは――だからそう難しいことではなかった、

 あなたはそうやって……くるくる、くるくると、――表情を変えるの。


 だから、わかるの、……わかるのよ、



 あなた、どうしてそんなに驚いて、いるの、ううん、……わかるわそんな理由、わかるけど、でも、でも、でも、でも……



「……いじめ、られて、るん、ですか。ほんと、に……」

「――そうよ!」


 力まかせに言ったわたしの声は裏返ってしまい、ほとんど金切り声だった。


「いじ、いじめ、……いじめられてるのわたしは、おうちで、みんなにいじめられてるの、わたしだけ、いら、いらない子なのよ、だってシュン、いま、み、見た、シュンだっていま見たでしょう、わた、わた、……う、うう、わたしが、……ああやって、ひどいこと、妹とか、狩理くんにもされて、う、うう、――いじめられてるのよっ、だからあなたをいじめちゃうのっ、いじめちゃったのっ、」


 あ、ああ、違う、違うわ、――違うでしょうわたし、

 心ではわたしはそう叫ぶのに、気持ちが、……本能的な衝動が、ぐわっとその声を追い越しちゃう――まるでケモノみたいに。


「わたし、だって、いじめたく、なかったわよ、いじめなんてしたくなかった、」


 違う、それは、――違うよ、わたし、


「いじめ、が、……どんなにひどいことか、なんて、だれも、教えて、くれなかったの、

 いじめが、……こんな、ことだ、なんてこと、

 教えてくれれば――わたし知ってればいじめなんてしなかったもの――あなたのことだって、いじめたく、なかった、――わたしだって高校時代に戻りたい! そうすれば、そうすれば……」


 な、にを、喚いてるの、わたし、ぜんぜん見当違いだし、――ほら幸奈、また話の頭と終わりがずれて論旨が曖昧だよ、って、ずっと、言われ続けたじゃない……この、家で……この、家庭で、さ……。



 シュンの表情には、……驚きの色が、深くなってる。

 そして――すこうし、笑ったの。すこしだけだけど……口もと、ゆるめたくらいだけど……



 あ、……ああ。

 またなのね、シュン。

 あなたは……ときどき、わたしのわからない反応を、する。

 高校時代はもちろんそんなふうには思ってなかった――でも、それはね、そうよ、……あなたはわたしにとってわからないところがなんだかたくさん、あるひとだって、わたしのほうが、まったく気づいてなかっただけなの……。




「……え、と。やっ、ぱり、その、……よく、わからないんです、……けど……。

 ……でも、わかる、ような。さっきの、って、その、……峰岸くんですもんね」


 あ、そっか、そうよね――十七歳のシュンなら、狩理くんのことだって知ってるはずで――。


「……それ、で、もう、ひとり、の……女のひと、は、……いつも、言ってる、妹さんですか……」

「なんで、知ってるの……」


 シュンはびくりとした。


「あ、あ、あ、あっ、――ご、ごめんなさい、ちが、ちがくて、盗み聞きとかじゃなくて、なみ、南美川さんがいつも言ってるから、え、えっと、でも聞いてたわけじゃ、ないんです、あ、あ、あ、ごめんなさい、ちょ、調子に乗っちゃったみたいでやっぱり僕、あ、あ、えっと、ごめ、ごめんなさい、なに、なにすればいいですか、ごめんなさいのメニュー、なに、すればいいんですか、僕、あの、――僕っ、」



「――違うの!」



 わたしは、叫んでしまった、――伏せの姿勢であまりにもすぐそこにある床のカーペット毛羽だった網目、見つめながら。



「……違うの、シュン。あなたは、悪くないの」



 わたしは涙声で情けないまま顔を上げた――あなたはいよいよ口をぽかんと開けて、こっちを見てるね、でも、でも、……こんなのなんのつぐないにもあがないにもならない、ならないわ、けど、



「……あなたのクラスメイトの、キラキラしてた南美川幸奈は、ここにはいないの」

「……え……?」



「あなたをいじめた人間の南美川幸奈は死んだの――わたし、言ってるでしょう? ……犬なのよ、ね、かわいいでしょう……わたし、あなたの、……シュンの、かわいいペットのわんこなんだから……」


 わたしはそう言いながら、シュンの身体に、……四つ足ですり寄った。隣に、もっかい、ごろんってして……。

 いつもの、ように。隣でぎゅうって抱きしめてもらいながら安心して眠る、日のように……。



 わたしは小さく笑ってシュンを見上げた。……短い前足、かわいらしく、ばたばたさせるの。



「……見てよ、このふさふさの毛皮、金色で、キレイでしょ? 耳ももちろんほんものよ、キレイな三角形してるでしょ、……頭、耳のとこ、触ってみて、いいのよ、シュン、わたしの頭、撫でて……いいのよ」



 シュンはあきらかに戸惑っていた。

 だから、わたしは――



「ねえ……撫でて。シュン」



 お願い、した。

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