ごめん、ごめんね、
……もう、なすすべは、なかった。
いまのわたしにこれ以上できることは、ない、って――そう感じちゃったの。
せめて、……せめてとシュンのそばに寄り添っていた。
シュンは逐一こわごわして、あんまりにもいちいちそうだから、……わたしはだんだん、ほんのちょっとだけでも、いらっ、って苛立ちの芽を心に感じるように、なっちゃった、
でも――そんなのはもちろん、わたしの勝手なわがままでしかない。
このひとが結果としてこうなるように、
……わたしの顔色をうかがっては媚びて、うかがっては青ざめて、ちゃんとそうやってわたしに脅えるようになるようにこの男の子を仕上げたのは、……ほかでもない、もっとずっと若くてキラキラしていて人間だったころの、わたしなのよ。
あはは、わたし、……成功してたんじゃない。劣等者のシュンに対する、メニュープログラム、訓練、調教、教育してやるだなんて、あははは、あんなの、……要はただのいじめだったのにさ……。
わたしはひたすら、ごめん、ごめんねって言いながら、
シュンが嫌がってもその頬とおでこだけは舐め続けたの、あとは鼻先や首もともすこしは、――そうさせて、ほしかったの。
だって……お熱、すごそうだし。ぜえぜえ喘いで……げほげほ咳き込んで……。
とってもつらいのね、シュン、シュン――なにもできない。わたしは。
あなたを病院に連れていくことも、体温計でお熱をはかることも、風邪薬をあげることも、湿ったお洋服をお着換えさせることも、毛布をかぶせることも、おかゆをつくってあげることも、身体を拭いてあげることも、……あったかくさせてあげることも、なにも……。
人間どうしだったらそんな当たり前の最低限の看病、わたし、……なにもできないの……。
ごめん、ごめんね……ごめんね、シュン……。つらいね、つらいよね、そんなお熱じゃぜったいつらいの、脂汗だってかいてるの、わかるのにわたし、わかるのに……なにも、できなくって……。
寒い、のよ。さっきから寒いの……調教施設ほどじゃないし、ガタガタ震えるほどでもない。天井に据え付けられた暖房から、いちおう、すこしは温かい風が入ってはいるみたい。
けど、たぶんほんとに最低限の暖房なんだ――シュンに連れ帰ってもらってから、早いもので一か月以上過ぎて、シュンが教えてくれたところによれば季節は、もう、……晩秋から冬といえる季節に移り変わっているんだって……。
だから、寒いのに。
あなたはそんなにも弱って苦しんでいるのに。……死んでもおかしくなさそうなほど。
なにも、できないの。……わたしは、
わたしは、無力な、一匹の、犬だ。
ごめんね。……ごめんね。
わたしが、この家に残って、……パパとママに会いたいだなんて言いださなければ。
わたしがそんなこと駄々こねるみたいに言ったから、シュン、……がんばって残ってくれたのに。そしてシュンは専門のNecoのこと、使って、狩理くんや真ちゃんや化ちゃんにもいろいろ約束させてて、ちょっと細かすぎないかなあなんてわたしはそれでもわたしまで誇らしくって尻尾、ぱたぱたさせて、シュンを見上げていただけだったの、ああ、なんて、――なんておめでたいのよわたし。いつまでも、いつまでも、この期に及んでわたしは、もう、ほんとに――ほんとうに――人間には、……足りていないのかもしれない。
そんなの、シュンのほうが、――よっぽど。
人間未満と見下し続けた彼はいつのまにかそうやって、……判断力とか、いろんなもの、身につけたっていうのにな……。
わたしはいつでもわがまますぎるの。
さっきだって、そうよ、……シュンは一刻も早く帰ろうとしてたじゃない。
わたしが、なんだか変に安心しちゃってさ……シュンに、抱っこしてもらってると、なんだかとっても強くなれる気がするし――
……ああ、ほら。
またよ。わたし、また悪い癖が出ているのだわ。
理由づけとかじゃ、ないでしょう、こういうのは。
こうだから、ああだからって、……わたしはそういう理由づけばっかりうまくって、だから、だからきっと――人間に満たなかったのかもしれないわ、――反省がじょうずだったと思っていたのにたぶんわたしがやっていたことは、ほんとは、……自分のいいように納得したかっただけなの。
だから、わたし、……ちょっとは人間のシュンのまねっこして、認めようよ、自分のこと。
わたしの、せいだ。
こうなったのはすべて、……わたしのせい。
シュンは、なんにも、悪くない。
ただ――動物のわたしが本能のままわがままを言ったことで、こんなこと、に、――なってしまった。
ほんとうにつらそうな、シュン……。うめいているもの。早く……だれか、病院に連れていってあげてよ……なんて、
だから、だからさわたしさいいかげんに理解しようよ、だれか、なんてわたしには、――いないの。
……人間時代はいざ知らず、
いまは、世界でただひとり、シュンだけなの、わたしにとっては――あなただけなの……。
ごめんね。――ごめんね。
パパとママへの用件なんてほんとうにたいしたもんじゃなかったの、
ただ、
……わたしが人間に戻れて、また胸を張っておひさまの下を歩けるように、なっても、
もう、この家には戻らない。――シュンと暮らすのよ、って、そうやって……小さなはだかのお胸張って、ぴんとお耳立てて、尻尾もぶんと大きく振って、誇らしく、誇らしく、――そう宣言したかっただけ、なのよ、シュン、ごめんね、ごめんね、――わたしはほんとうにもうどうしようもない犬、だね。
ごめん、ごめんね、
……わたしは、やがて、ごめんという言葉さえも言わなくなった。
言葉は、いらなくなった。
もくもくと、シュンのお顔の体液、人間のときのまんまのこの舌ですくっては舐め取って飲み込み続ける、――それだけがいまわたしがシュンにできる唯一のことだったから。
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