プログラミング(3)ジーニン・コマンド
よし。あとは、一気に――説得のフェイズになる。
いまの僕のプログラムが通じて成功したのは、業界用語での通称、ロリネコだ。
ネコは、まだあとふたり――専門的に言うなら、Necoシステムはペルソナ
現在この時代この国においてもっとも主流なAI、すなわちNecoシステムは、旧時代を旧時代として終わらせた天才学者、高柱猫が開発した――その程度の知識だったら、ほとんどすべての社会人が教養として知っていることだと思う。それは、事実だ……しかしもちろん僕のような対Neco対話プログラマーは、そのような表層の知識だけでは、やっていけるはずもない。
高柱猫には、すくなくとも三つの人格があったという。それは、公的な文章にも残っているらしい。どういうことだか具体的には僕のような末端プログラマーは知らない、彼の見た目について僕はいまいちイメージが沸かないけど、……ともかく高柱猫という人物は、まるで幼い少女のような一面と、落ち着いた青年のような一面と、そして精神異常の殺人鬼のような――などと公式文章に残されてしまうような一面を、持ち合わせていたらしい。……少女と青年と殺人鬼が同居してるって、いったいどんな見ためをしてたんだろう、とは思わなくもないけれど、高柱猫の写真というのはまず一般人には出回らない。……だからそういえばネネさんが身内の特権でちょっとでも見たことがあるというのは、すごいことなのだ。
彼にもその自覚はあって、……彼はそれをベースに、Necoシステムのベースを構築した。
そしてそのときの三一(さんいち)ペルソナシステムというのが、いまだに現役で残っている、――僕だってそういうことを大学で四年間も勉強し続けたわけで、四年間も勉強するほどに、いろいろ、いろいろあるので、ほんと、ほんとうに、――Necoシステムというのは底なし沼のように潜っても潜っても底、知れない。
……そういうわけで僕はすくなくとも専門として、ひととおりのことは押さえている。と、いうか、そうじゃないと、……対AIプログラマーにはなれない、わけですし。
第一段階Necoシステム、別名ファーストNeco、通称はロリネコ。ボイスも口調も幼い女の子みたいだから、そのような呼び名となったという。
ロリネコは、セットアップを担当して、用件に応じてどのNecoシステムが対応するかという振り分けもおこなう。いわば玄関口だ。……それと、家ネコはすべてこのロリネコだけが対応することになったらしい。
たとえば、だからさっきも南美川真のウェキャップ・コマンドに対して応えたボイスは、ロリネコのものだった。
まあ、たしかに……わからなくもない。第二段階と第三段階のネコは――あんまり、ガラもよくないし、相手をするのに難儀だから――Necoシステムのイメージを損なわないためにも、ロリネコだけを家ネコに採用することにした高柱の開発者のひとたちは、英断だと僕は思う。
でも、もちろん僕はいちおうこれでも専門家だから――あのネコたちとも、対話をしなくちゃいけないし、……いまは仕事ではないけれど、もちろん、僕が対話をしなくてはならない――南美川さんは立派な専門をもっていて、それは僕がやってることなんかよりずっとアカデミックで知的なことで、
でも、でも――Necoと対話ができるのは、僕のほうなんだから、……僕なんだから。
アルコールのせいもあって浅くなりがちな呼吸を意図的にふたつばかり、深くする、
「
「Nya Nya Nyan!」
……ロリネコは、承知してくれたらしい。ということは――いまに、引っ込む。
ピコンとかわいらしい電子音――ではなく、ビッゴン、と急にその電子音の音程と速度が、下がった。……低音だ。
「……Hi.Wht pdn me? I I I luv Jus,Justss,Hte Dg Dg Dgmen」
その声は、落ち着いた男性のものだった。
第二段階Necoシステム、別名セカンドNeco、通称
高柱猫の、もっとも中庸的で、バランスの取れた人格――とやらを組み込んで落とし込んだ、Necoのペルソナ格だと教科書にも書いてあった。ボイスも急に男性のそれに変わり、一人称が僕で、落ち着いた青年のような印象を与えるペルソナ格。
ほとんどの実務は僕ネコがやると言っても過言ではない。
窓口のロリネコ、実務の僕ネコ――そしてもちろんそのあとに、いちばん厄介な対話相手が控えているわけだけど。
けど、その前につまり、僕ネコを説得しなければ意味もなにもない。
と、いうよりは、用件じたいは僕ネコ段階で済むはずのものなんだ――すなわち。
南美川さんの、……南美川幸奈の、
遺伝子情報ファイルと、社会評価ポイントファイル。
もらえる、……はずなんだ。
ロリネコにさきほどの対話プログラムが通ったということは、……つまり僕はチクっておいてやったんだから、Necoたちに。
さきほどの、
"
"
そのほかにもいろいろ補足説明を入れて論理と証拠を頑強にしつつ――最後は、コンフィ・コードで締めたのだ。体裁も、まもった。……間違いがない。
つまり南美川家は――いま、アヤしいことをしている。
僕は被害を受けている。たすけて、たすけて社会の味方のNecoさんたち。
だから、いまは。いまだけは、南美川家の言うことじゃなくて、
僕の言うことを聴いてと――なぜなら南美川家はひとのことこうやって身体的自由を制限しているんだ、
だから僕の言うことを多少優先して聴いてよって――つまり僕はこの英字の羅列でそういうことを、言っている。伝えている。……Necoの言葉で、語っている、対話を試みている。
ねえ僕ネコさん。ハナシが、さ。ロリネコちゃんから、僕ネコさんに、いってるはずだから、……ね? だろう? 僕は、僕は知ってる、――僕は毎日のようにあなたたちと仕事でも対話をしてるんだから、それくらいのパーソナリティやキャラクターっていうのは、知ってるんだよ。
Necoシステムの、……三人の、ネコ。
……いつも通りに、やらせてもらうよ。
そう。形式だけはあくまでもいつも通りに――
「
ええと、ああ、――違う、こうだ。僕は学生時代からずっとどうもここでいつもミスをする……ギブミーコマンドでは範囲が広すぎるから、そう、そうだより適切なコマンドは――
「...
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