プログラミング(1)セットアップ
僕はふだんのプログラミングというのはコンピューターの画面上でおこなっている。僕の場合は、声で入力したりなどはしない。
音声入力によるプログラミングというのは存在しないわけではないのだが、それはおもに在宅やフリーで仕事をおこなうある程度ベテランのプログラマーが、必要に応じてそうするだけだ。在宅やフリーのひとでも、音声入力をメインとしてプログラミングをおこなうプログラマーは三割程度だという。僕は会社に通わなくてもいいほどの経歴も実績もないし、そもそも声帯を使うよりはもくもくとキーボードデバイスでタイピングをして入力をしたほうが性に合っている。
つまりはまあ、古き良き時代のプログラマーとおなじ方法論を踏襲しているわけだ、僕は。
だがだからといって、僕が音声入力をぜったいできないというわけではない――試したことはなかったけれど、要はふだんだったらパソコンの黒背景に白文字と緑文字と赤文字でえんえんと入力していくプログラムを、ただ、口頭で述べればいいだけだ。Necoシステムは音声入力くらいは標準として搭載している、たとえそれは家ネコであっても。
ああ、でもやっぱり南美川さんに事前に確かめといてよかった。南美川さんのお父さんはテクノロジー好きなんだよね? って、そのことを――あんまりにも旧式のNecoだとまれに音声入力システムが不十分なことがある。ただ音声入力時代の技術はもうかなり前に確立されているものだし、テクノロジー好きが使うNecoが音声入力に対応していないということは、まずありえない。
そう、だから、……大学でさんざん叩き込まれて、かついま社会人として仕事にしていることを、対Necoプログラミングを、いま、そのまま、――口頭で再現すればいい。それだけの、こと。
だいじょうぶ。――このためにきょうはなんども、保険をかけた。……物騒な南美川家、ですから。
僕は、天井を、見上げたまま。……そして膝のあたりに南美川さんがそっと前足を乗せてくれたのを、感触だけで確かめながら。
落ち着いて。ひとつひとつ。――ふだん通りに、プロセスを踏む。
まずは、Neco権限があることの証明――つまりして、セットアップからだ。
……さあ、プリーズ・ネコの続きから、はじめよう。
「
ここまでは文章そのものには意味のない部分だ。単に起動をする合言葉のようなものである。ただ、これをハズすと当然起動はできないし、あんまりにも起動に失敗するとNecoシステムが機嫌を損ねはじめるから、マズい。――もちろんいまの僕には繰り返したりやりなおしていく時間的余裕など、ないのだし。
NecoはAIだからいちおうAI自身の機嫌や都合というものが仮定されていて、Necoに対話をお願いするときにはこうやってへりくだっていろいろとあいさつを口上として述べねばいけないのだ。そういうものなのだ――えらいひとにおうかがいを立てて機嫌をとるのとおなじようなもんだ。
正直無駄な感じもするけど、……つまりNecoシステムの創始者でもある高柱猫は、AIに対してもそうやって毎回ちゃんと礼儀を果たせる、そんな人間をNecoシステムの対話者に求めていたようだ。――もっともこれだって大学一年生のときの基礎の授業や入門書の受け売りでしか、ないけれど。
「
ここでやっと個人が、というか話しているのが僕だと言うことが特定できる。できた。――はずだ。
さすがにセットアップ段階でミスることはない……そう思いたい。ふだんならぼうっとしながらでもただなんとなく画面に打ち込んでしまう程度のものだけど、なにせ状況が状況だし、口頭でいけると思ったとはいえそれは僕にとってはほんとうにはじめてのことなのだし。
……いけるか。
ピコン。
業務的な音が鳴った。
さきほど南美川真が映像をおろしてきたときとおなじのかわいらしいアニメ声優みたいな声質で、しかし口調はまるでロボットのように淡々として、――Necoシステムから返答がある。
「I wa I wa I wa...it.Okey ReReReee!! Whe Wht ad? Nyan!!!」
――よし。まずは、起動成功。できるとわかってはいたけれど――それでもやってみると思うものだな、できるもんだ、と。
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