幸いにも
……ただなんとなく息を
僕は南美川さんをまるごと胸部に入れて抱きかかえるようにして、半ば無理やり前を向かせた。
「わっ!? な、なによ?」
「じゃあ日本の伝承のソースページでも見てみる? 僕はいままでそういう雑学って縁がなかったけど、南美川さんがいろいろしゃべってくれるなら僕も見てみたいかも」
「え、なんで……?」
「いや、なんでっていうか……南美川さん、毎日なにもしないんじゃ退屈だろ。僕がいるときくらいはちょっとくらい、こう、なんか見たり読んだりさあ……文化的生活してみたらいいんじゃないかって思って」
「……わたしが?」
「パソコンなら僕が代わりに操作してあげるからさ、知りたいページとかなんでも言って。ああ、でも僕もまだプログラマーになりたてで、パーソナルな機械はこれからってとこ、あるんだ。このパソコン読み込めるのは二次情報が限界なんだよね、三次情報とか五感的情報だと、僕の手には負えないほどすんごいものになっちゃうから、あとこのパソコンってあくまで職場とかのと違って、あくまでもパーソナル用でゼネラル的だから、カスタマイズとかそんなにしてないから立体情報はデータ量の関係で遅いけども……」
「――えっ、わたしが、なにかを見たり読んだりして、いいの?」
あんまりにも期待そのものの輝いた、目。
僕はすこしだけ呆れて笑った。
「いいよ。そのために僕はいま、パソコンを起動した」
「ほんと? ほんとなのね?」
尻尾の速度が急上昇。ばたんばたんばたんと、パソコンに腕を伸ばす僕の両腕のあたりにまでその先端が到達する。
「――わたしねっ、知りたいこと、いっぱいあったの。ずっと施設にいてね、おかしいなとか、なんだっけとか、どうしてとか――いっぱい、あったの!」
「うん」
「でもそんなのずっと知れないなって思ったの。……わたしはもう機械も操作できない、こんな手じゃ、スイッチさえも押せないわ。だからわたしはこのままずっと――永遠に、なんにも、新しいこと知ることができないんだなって、思ったわ……」
「……うん」
「でも、でも、シュンがそれでいいって言ってくれるのよね。そうでしょ――そういうことよね!?」
「うん。そういうことです。知りたいことあれば、なんでも調べなよ。べつに僕は南美川さんという指示主体に従って、検索をかける機械になるだけだ。……あんまり僕が気まずいサイトはやめてね?」
最後のは、あくまでもユーモアだ、……ジョーク。
「うんっ、うんっ、じゃあね、じゃあねっ……」
南美川さんは、あれもこれも、と。……僕はそれにずっと、つきあった。
……南美川さんは、とても知的好奇心の旺盛なひとなのかもしれない。僕は、高校時代の現役のときもひっくるめて、はじめてそう思った。
ただ単に、成績優秀者の幼なじみの隣にいたいだけの、あるいは単に華美な服装をしたいための、ただそれだけのために文句を言いながらしぶしぶ勉強をするような、チャラチャラうるさいだけのギャルだとずっと思ってたけど――
試験なんてもう受ける予定などないであろう、人間のすがたもしてない南美川さんは、
――キラキラキラキラと目を輝かせて次々と知識をむさぼっていった。
……表情が、喋り口が、どんどん人間っぽくなっていく。
退屈だろう気休めになるかなとか思っていた僕の予想、おそらくはるかそれ以上の効果で――
「ねえねえ、シュン! これ見て、すごいわ!」
一生懸命な火照った表情。
なんのためというよりは、
ただひたすらに、知ることの楽しさが溢れたその表情。
もしかしたら、……もしかしたら。
南美川さんは――僕の思っていただけのひとでは、ないのかもしれない。
南美川さんには、まだまだきっといろいろあるのだ、……僕の知らないこと。
この期に及んで――僕は、まだ、まだまだ彼女を知っていける。……幸いにも。
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