幸奈のはなし

 ……僕の言ってることは、やっぱりどこか変ですか? 僕は、……いつでも変ですから。きっと。

 ええ、だったらこんどは彼女のこと――なんです、けど。



 さっきも、ちょっと、言いました。

 彼女は、そのまんま、彼女の妹と弟の学費になりました――つまり、実質的に、……売られたってことでした。

 そこには、……僕をいっしょになっていじめてた、彼女の婚約者も、加担してたみたいで……。

 その、人は、……彼女の妹と婚約したらしいって、聴きました。いまごろきっと結婚して幸福な生活を送ってるんです――。



 そうやって一家と友だちとみんなで彼女を売り飛ばすことにしたんです。……にこにこと。

 なぜなら、



 ……彼女よりも、妹と弟のほうが、優秀だったから。

 それだけのこと、なんです。



 ……いえ。彼女も、そうとう、優秀な、ひとでしたよ。

 僕が覚えてるかぎりでも、……ああきっとこういうひとが、相対的超上位者の研究者に、なるんだなって、

 ……そう思って、ぜったいそうなるって……思って……。



 でも彼女が言うには妹と弟は天才だったそうなんです。

 彼女は、秀才でしかなかった――と。



 ……社会のために、社会のためにと育てられて、

 ……劣っていたから犬にされました。




 それだけ。……それだけの、ことでした。

 ……あはは。あっけない。でしょう?



 おもしろくもないし、劇的でもないし。

 ……ただ、意味がないだけだし。



 彼女は――意味もなく犬になったんだと、思うんです。

 そんなのって、ない、と、思って……。




 僕が、言葉を絞り出して、そう語り終えたとき冬樹さんはただ穏やかに微笑んでいて――だから僕はさっと酔いが醒めた。

 僕はひとの表情には過剰なほど敏感だ――きっとこのひとは、僕の話に、……納得をしていない。



 ぱちぱち。暖炉の炎が燃える。ぱちぱち、と。



「……や。解せないな、来栖くん。それならなおさら君はなぜ彼女――とやらを、かばう。こちらからすれば、客観的に、正当で妥当なエピソードにしか思えない。劣っていたというのは事実だと思うよ? 断片的に聞いただけでも。だってそうだろ。来栖くんは、いじめの被害者なんだろう?」


 被害者――その言葉は僕にとってはしっくり馴染まなかったが、意味するところとしてはその通りなので、とりあえず、僕はうなずいた。


「自明だ。つまりね。いじめの加害者になるほどには、劣った人間だったんだよ。来栖くん。よかったね、そういうのがちゃんと加工されてて! うん、うんうん、それはほんとに正当で妥当な結果だ。人権を失って――」


 僕は思わず身を乗り出してしまって――


「――僕は彼女を人間に戻したいんですっ!」


 ぐわん、と。

 自分の耳もとで、……自分の叫びがうるさかった。


 はっとして僕は、慌てて謝罪する。


「……すみません。あの。ただ、僕は、その……そのために、おうちに、お邪魔して……」


 冬樹さんは、優雅に赤ワインを飲んでいる。


「……ふうん。それが、来栖くんのナマの本音っぽいね。なるほど。しかし僕は論破できる。まあまず加工済みのヒューマン・アニマルを人間に戻すことは不可能だが、思考実験的に話してみよう、――かりに、人間に戻したところで、なんになる?しょせんは、人間として生を受けたのに、人間未満と人間に判定されるようなヤツだ。反省しないよ。人間じゃないからね。反省したそぶりを見せてもそれは本能的な演技だよ。だって人間じゃないからね。ねえ。そうだろう? 来栖くん。人間に戻すなんて馬鹿げたこと考えないほうがいい。そんなことになったら、またしても――」


 来栖さんは、ワインをもってないほうの手で僕を指さす。まるで、僕を煽るかのように。


「来栖くんは虐められるはずだ。おなじことの繰り返しになるよ。悪いことは言わない。夢や幻想は、捨てたほうがいい。……なんど人間をやったところで人間未満が人間になれるわけがないんだ。僕たちは、そのことを、……よく知っている」


 冬樹さんはそして、グラスを傾けた。喉仏が、ごっくんと上下した。

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