185話 革命的.44

 さて、その明くる日の夕刻頃、冷たい夜気を纏(まと)いしドラクロワとカミラーの両騎馬等は、特段何事かの障碍(しょうがい)・事件に遭遇することもなく、無事、ここ辺境の紡績村イヅキへと帰還した。


 そして、そのどこまでものどかな村にたった一軒しか存在しない宿屋に馬首を向け、この大陸における極々一般的な構成であるところの宿屋の一階に設けられた酒場へと分け入り、そこにて逗留(とうりゅう)・待機の身であった女勇者達との再開を果たしたのである。


 「んおっ!ドラクロワじゃないか!おっ帰りー!!カミラーも!今帰ったのかい?

 いやいやホントご苦労様ぁー。うんうん、なーんかえらく久しぶりな気がすんねぇー!?」


 すでに数杯のエールで微(ホロ)酔いのマリーナが長い手を挙げて二名を迎えた。


 これを聞いて、木製の大テーブルを囲んでいたユリアとシャン、そしてアンとビス等も顔を上げ、それぞれが、ゴゴッと椅子を鳴らして移動し、この狭い酒場の奥側に二席の空間を設けた。


 「フフフ……確かに。たった数日の不在だったが、なんだか妙にご無沙汰な感があるな。

 うん。二人共、斥候(せっこう)のお役目ご苦労だったな。

 よし、では状況報告よりなにより、先(ま)ずは労(ねぎら)いの葡萄酒を頼んでやろう」

 シャンがテーブルの真ん中に立ったメニューを手に取り、そこに眼を落とし、シゲシゲと幾つかある箇条書きの謳(うた)い文句を拾って、如何(いか)にもドラクロワ好みの銘柄を身繕ってやる。


 「こ、これはドラクロワ様、カミラー様。お先にいただいております!」


 「はっ。お二方共、さぞやお疲れのことであられましょう。さぁマントは此方(こちら)で預かります」


 アンとビスも手元のナプキンを取り、サッと口許を拭うや、共に犬耳の立った頭を深々と垂れて二名を迎え、彼等の外套(がいとう)を恭しく受け取ってから、それらを実に丁重に壁へと掛けるのだった。


 「ドラクロワさんもカミラーさんも本当にお疲れ様でしたー!まぁ座って座ってー!

 で、で、どどど、どーでした?何か変わったモノ、いや、魔王崇拝の街ヴァイスは見つかりましたか?」


 なぜか常より遥かに謎の仏頂面で、ムウッとばかりに押し黙ったドラクロワ達の姿を認めたユリアは、不覚にも一瞬崩した相好を直ぐに神妙真摯なモノに引き締めつつも、その僅(わず)かに垂れた大きな眼を煌めかせ、この先遣隊の調査報告というモノを熱っぽく所望するのだった。


 これに、相変わらずの冷え冷えとするような魔的な美貌の貴公子は、背(せな)の暗黒色のマントを無造作にアンへと渡しつつ

 「ウム……そうだな……。うん、その件に関しては余り話したくない」

 と、まさに唸(うな)るようにして冷厳と応えたという。


 「へっ?な、なんですか?話したくないって……。

 えぇっ!?それってどういうことですかー?」

 この露骨に冷めきった返答に、当然ユリアは困惑する。


 「ウム。なんと言うか、あぁ、あのバラキエルの従者の地図にしたがって探索したところ、確かにヴァイスという名の街は在(あ)った……。

 在ったが、それはまったくとるに足らぬ矮小極まりない、どうにもつまらぬ街であったな。

 そこの住人等も皆腰抜けばかりで、この俺が光の勇者であると知るや、揃って腰を抜かして畏(おそ)れ戦(おのの)き、直ぐにひれ伏しては額を地に擦(こす)りつけ、一人残らず瞬く間に改心しおったわ。

 ウム、以上」


 「以上って……。えぇ?じゃさ、じゃさ、その悪い悪いって噂のヴァイスとやらの''オシオキ''ってのは、アンタとカミラーの二人だけで事足りたって、そーいうことかい?」


 「ウム。見事、一件落着、である」


 ドラクロワは陰鬱そのものに深いため息を漏らし、カミラーが給仕の年増女から受け取った葡萄酒の瓶を取り、その栓に親指を持ってゆき、クシッと薄紫の爪を立てた。


 「一件落着って……。えっ?でもでも、ヴァイスの恐ろしい噂が本当なら、そんなに簡単に片付く筈は……」


 勿論、この恐ろしく端的な報告に信教的潔癖症でもあるユリアは得心がいかなかった。


 「これユリア!ドラクロワ様が一件落着と申されたならば一件落着なのじゃ!

 しつこく問い尋ねるでないわ!」


 主(あるじ)の苦い想いを慮(おもんぱか)ったカミラーがユリアに一喝した。


 「えぇー……そんなー……。私達だって色々と準備してんですけどぉ……」


 「まぁユリア、お前の気持ちも分かるが、この傑物大器のドラクロワさんが、確(しか)と検分をした上で、ヴァイスの腐敗はとるに足らぬと判断したのだから、我々としてもそれを信じてやろうじゃないか。

 それに、いかな冒涜無道の街といえど、それに無闇やたらと厳しい懲罰を下せばよいと云うものでもないだろ?

 うん。むしろ、そのヴァイスの奴等が一滴の血を流すことなく改心に至ったとなれば、これに勝るものはないのではないか?」

 分別らしい言葉とは裏腹にドラクロワへと鋭い眼光を煌めかせるシャンが、実に尤(もっと)もらしくもユリアに説いた。


 「えぇ。それはそうなんですけど……」

 未だ懐疑して、まったく納得のいかぬユリアであった。


 「ウム。そんなことよりだな、俺達が留守の間に何か変わった事などはなかったか?

 例えば……そう、思わぬ収穫があった、とか……」

 パンッ!とドラクロワが手を打って、美しい女勇者達を見舞わしてから訊いた。


 「そっかー。ま、チョイと拍子抜けだけどさ、ナンのモメゴトもなくウマくいったってんならさ、こりゃメデタシメデタシなんじゃなーい?

 アハッ!それよりさ、変わった事ってんならさぁ!」

 マリーナがブラウンの眉をウキウキとさせながらシャンに目配せした。


 「うん。お前が居ない間に面白いモノ、いやトンでもないモノが手に入った」

 恐ろしく思わせ振りにシャンが言う。


 「ン?なんだそれは?」


 「うん、ソレというのは純然たる''武器''の類いにあたるものなんだが、ソレにより、およそこの星の戦闘・戦術というモノは、その根底から覆されることとなった。

 フフフ……言っておくが、これは大袈裟でも何でもなく、掛け値なしの大発見なのだ」

 シャンが両眼に危険な程の光を宿しながら言った。


 「……武器?」 


 カミラー、そしてドラクロワは揃って眉根を寄せ、常にまったく空想を吐かぬ現実主義者のシャンが隠している代物を想い、フッと怪訝な顔になった。


 「ギャハハ!面白い!普段から一切言葉を飾らぬお前がそこまで言う品なら、わらわも是非とも見てみたいっ!

 ンン、で、なーんじゃそれは?何処(どこ)ぞの某(なにがし)が鍛えし、名のある曰(いわ)く付きの銘剣か何かかえ?」

 魔界の戦闘貴族の姫が多分に食指を伸ばされたようで、実に興味深げに問うた。


 これにマリーナが鷹揚に首肯して

 「そそそ!もしこれから先、ウマイことアレが大量に作られた日にゃー、どんなオッソロしい魔物も、いやソレどころか、あの魔界の王もイチコロかもねー!?」

 なぜか深紅のグローブの指の親指、また人差し指を立て、それの先をドラクロワの額に向けたかと想うと、次いでその手を弾かれたように天井へと向けた。


 「ン?魔王でさえイチコロ……だとぉ?」


 言ったドラクロワの声は隠しようのない鬼気を帯びていたという。


 無論、これに魔王崇拝者のカミラーは瞬間沸騰して眉を吊り上げ

 「なっ!?なんじゃとぉっ!?これ無駄乳よ!滅多なことを申すでないわっ!!

 うぬれシャン……。その武器とやら、多少切れるだけの野暮な人斬り包丁等でした、では済まされぬぞ!?」

 ティーカップを小さな両手で握り、コキキリィ……と、その純白の面(おもて)に真珠色の爪を立てた。


 「エヘヘ。なーに怒ってるんですか?カミラーさん。

 ウフフ、大丈夫ですよ!異世界でもらったアノ武器はちょーっとスゴいんですから!」

 様々な攻撃魔法を修めたユリアですら太鼓判を捺(お)すのだった。


 「フフフ……まぁそこは安心しろ。実はその武器とはな、その恐るべき能力(ちから)を余すことなく使いこなすには少々の慣れが要(い)る代物でな。

 お前達が居ない間に、この村の外れに特殊練習場を定めて、しっかりと私の手に馴染ませてあるんだ。

 よし、では早速ソコへと出向き、御二人には舌を巻いて貰おうか」

 シャンが絶大なる自信に充ちた様子でマスクの顎を外へとしゃくった。


 これにドラクロワは一瞬カミラーと見合い

 「フフフ……デ、アルカ……」

 極上の紫水晶に酷似した瞳を爛々(らんらん)と輝かせ、シャンが掴んだ革の包みを睨んだ。 

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