173話 そりゃ神聖騎士団クビになるわ

 チーム超越の一角を担う、金色の神官戦闘士ジハドは、再度闘技の場に引き出されたカミラーを見下ろし、壮麗な兜の内で目を円くした。


 「うおぉっ!んなっ、なんという美しさか!!このように端麗なおなごは初めて見たわい!

 良い!好い!佳い!酔い!宵!よーいーっ!!

 ふぬうぅっ!これほどの上玉は、ちょっとお目にかかれぬわいっ!!

 あおおぉ……このまったく成熟を感じさせぬ、幼い肢体ときたらどうだっ!?

 儂の囲っておる女たちのどれとも比べられぬほどに秀逸じゃあー!!

 わはっは!わっはー!!バンザーイ!バンザーイ!」

 黄金色のフレイルと円盾とを掲げ、特大の歓喜に魂を打ち震わせた。


 「はぁ、我等貴族の面汚しの次は、どんなボンクラかと想えば、これはまた特別に気色の悪いのが出て来おったなぁ。

 フム、超越だか何だか知らんが、さっさと捻り潰してやるから、ちゃっちゃとかかってこい」

 手枷の痕(あと)を撫でるカミラーは、さも面倒臭そうに言い放った。


 「おふぉっ!!この吸血姫!抜群の容姿だけに留まらず、その居丈高な気性までもがまったくの儂好みとはっ!!

 ふわっはっ!!我、歓天喜地の至りであーる!!

 おおぅ!街長殿っ!この一戦、全身全霊!張り切って極上の見世物に致すゆえ、何卒、この娘を儂の蒐集(しゅうしゅう)の終着点とさせ給へっ!!」

 特等席の絶倫そうな髭面を仰ぎ見て、懇願の雄叫びを上げた。


 これに街長は自らのこめかみ辺りを、トントンとつついて、考えておくとの意思表示を見せた。


 カミラーはこのやり取りに心底ウンザリした顔となり

 「はぁ。お前というヤツは、中々に個性的な真性変態だの。

 うん?ちょっと訊くが、お前はそんな全身をくまなく覆う、厚金の鎧で蒸れたりはせぬのかえ?」

 兜の覗き穴以外には少しの隙間もない、ずんぐりとした金色の重装甲冑を指差して言った。


 「んん?ふあっはっはぁー!!カミラーとやら、お主はなんともツマランことに興味があるようだのう!?

 まぁよいか、お主もこれからは儂の家の一員として暮らすのだからな。

 ホーレ!これを見よ!これぞ、門外不出にして!我が家秘伝の''汗疹(あせも)知らず''であーるっ!!

 これなる粉をひと掛けすれば!如何(いか)に脆弱なる肌の持ち主であろうとも、一生涯、痒み、汗疹に苛(さいな)まされることなしっ!!

 これぞ、まさしく奇跡の大霊妙薬であーる!」

 ジハドは金の鎖で腰に提(さ)げた小瓶を手に取り、それを盾の取っ手を掴んだ手甲の先にて大仰に掲げた。


 その篝火(かがりび)の光に煌めく白い粉の入った瓶を認めた観客等は沸きに沸いた。

 どうやらこのヴァイスにおいて、この薬師(くすし)を頼りにしている者は少なくないようだ。


 カミラーはそれをつまらなさそうに見上げていたが、一転、合点したような顔となり

 「ギャハハ!奇跡の特効薬、その名も汗疹知らずじゃと!?

 どれ、無駄乳への手土産に、ひとつそいつを貰ってやるとするかの」

 俄然闘志に燃え、極めて繊細な白い左手を上げるや、それを小指から順に折ってゆき、ピキピキと鳴らした。


 すると、血闘の開始を告げる銅鑼が打ち鳴らされた。


 「ふあっはっはぁー!」

 

 耳を覆いたくなるような、けたたましい銅鑼の音と、血に飢えた熱狂する観客等の怒号じみた声援とを背景に、円型盾を油断なく構え、ギリンギリンッ!とフレイルの先の鉄球を回しつつ、カミラーから間合いを遠ざける怪僧ジハド。


 対するカミラーは、下方に脱力させた左手の先の五指を開き、そこの真珠色の五爪を、メギギと伸ばした。


 「ふあっはっはぁ!その恐ろし気な真紅の瞳、そしてその禍々しき鉤爪!確かにバンパイアのソレだのぉ。

 さーてさて、お主にはなんという名を付けて愛(め)でてやるべきか?

 うーん……胡桃(くるみ)?フランボワーズ?いやここは茘枝(ライチ)がよいか?はてさ、てッ!?」


 ズギャリギャリンッ!!


 楽観・能天気なる金色の重装戦士であったが、目の前のカミラーの像が一瞬ブレたかと想った刹那、突如、背中に猛烈な衝撃(インパクト)を覚え、思わず仰け反った。


 「おふぉっ!!?なんとなんと!!この吸血娘、いつの間に儂の背後に回り込んだかぁ?」

 

 文字通りの神速に舌を巻いた怪僧が振り返った、そこに佇む世にも美しいカミラーは、己が左手の先、そこにて、フツフツと泡立つ鉤爪を見下ろしていた。


 「フム、小癪な真似を……」


 ジハドは交互に肩を捻って、金色の甲冑を揺すり

 「ふわっはっはー!恐れ入ったか!?この跳ねっ返りの小わっぱめーいっ!

 この鎧は名だたる聖人達による悪霊調伏、怨敵退散の祈祷が付され、特別に聖化された、いわば神聖属性の究極の至宝であーる!

 ゆえに、お主のような穢(けが)れた魔族などが無闇やたらと触れん方がよいぞー?」

 そっくり返って、ガンガンと胸元を叩いて高笑いを響かせた。


 そして、水を切るように手を振って融解した爪を落とすカミラーを睨(ね)め付け

 「ではでは、すばしっこいお主を少し弱らせておくとするかのう」

 言って、あっさりと武具を手放して直下に落とすや、悠然とその両腕を上げ、あの魔族にとっては致命的な閃光迸る妙技、''聖掌光''を放とうとした。


 カミラーはそれを漫然と見つめていたが

 「あー待て待て、今一度訊きたいことがある」

 と小首を傾げるようにして短く言った。


 「んあ?なんだ?」


 「フム、お前もこの街の住人なら魔王信奉者のひとりであろう」


 「おお、おお。如何(いか)にも、そのつもりだが?」


 「ならばなぜ、とうに信仰を棄(す)てたナマグサ坊主のお前に、依然として七大女神達の力が行使出来るのだえ?」


 「んん?ふふふ、ふあっはっはぁー!なーにを言い出すかと思えば、そんなことかぁ!

 よしよし、ではこの場を借りてそのカラクリ、この儂がとっくと教えてしんぜよう。


 あー、それはだなぁ、元来、神聖魔法等というものは、皆が勝手に想像するような、善行や高徳を積んだ者だけが授かるような、そんな有難いモノではないのだ。

 

 確かに''神聖魔法''という仰々しい名からして、そのように、いかにも神々の掌から放たれた祝福、また慈愛に満ちた恩恵の具現化などというモノを想像しがちだが、実際にはそうではなく、単に魔属性とは反対の属性を持つ、一派の魔法体系でしかないのだ。


 うんうん。儂が考えるに、天界の最上層部に住まうとされる七つの女神達とは、とうの昔に皆死んだか、はたまた我等人間等にはこれっぽっちも興味がないのでは?としか思えん。


 確かに''神''というからには、この星のすべてを創造したのかも知れん。

 だが、我等人間とて、何かの芸術品、また料理等を手塩にかけて造るではないか?


 儂がなーにを言いたいかというと、何かを造ったとて、それはすなわち、次のより高い次元の物を産み出す前の''一時的自己満足''でしかない、ということよ。


 つまるところ、七大女神達は気まぐれに、衝動的に造った人間等にはとうに飽き、今頃はもっとましな生命の創作、世話に耽(ふけ)っておる筈、と思うのだ。


 でなければ、この儂のような破れかぶれの破戒僧なんかに神聖魔法が使えるのはおかしいでな!

 ふわっはっはー!!どうだカミラー?しかと得心したか?では、いくぞっ!?」

 思う様に持論を展開した怪僧は、幾度も満足げにうなずいた。


 そして。


 「喝っ!!」


 カーンッ!!


 対峙した質問者のカミラーの反応などはほったらかして、一方的に問答を終結させたジハドは、金色の平手を打ち合わせた。


 すると、その前方広範囲には、青白い神聖なる光波が広がった。


 これに危険を感じ、咄嗟に地を蹴って、その小さな身体を闘技の舞台の暗部へと投げ、この致死的な扇型の閃光炸裂から逃れるカミラーだった。


 しかし……。


 「喝っ!喝っ!喝っ!喝っ!喝っ!喝!かぁーつうっ!!」


 なんと、ジハドは喜劇風のプリンシパルと化し、その場で、クルクルと回転しながら天井方向を含めた、文字通りの全方位へと、妖しくも有難い合掌を繰り返したのである。


 そうして容赦なく戦場を光の大舞台にしておいてから、その場でたたらを踏んで千鳥足となり

 「おー、おー、これは些(いささ)か目が回ったわい。

 ふわっはっは!如何(いか)に目にも留まらぬ高速移動を誇るバンパイアといえど、これだけやられては堪(たま)らんであろう」


 辺りを見舞わすと、ふと斜め左に、小刻みに震えてうずくまる小さな影が見えた。


 それは正しく、見るも無惨に顔面と左半身を焼かれたカミラーであり、煙を立ち昇らせる赤黒いミミズの集合体のごとき爛(ただ)れ果てた顔、その、プチプチと煮立った白目の眼で、ジハドを射殺さんばかりに睨み上げていた。


 「お、おのれ……。聖属性の光波とは、味な真似を……」


 その吸血姫の声には流石に覇気はなく、苦鳴にも似てひどく儚かった。


 そして見れば、その背後の鋼鉄の格子の棒は、その幾本もが奇怪な''くの字型''にひん曲がり、亜光速で駆けたカミラーが逃げ場を求め、持ち前の怪力で力任せに引っ張った痕跡をありありと残していた。


 怪僧ジハドは己の戦果に、幾度も満足げにうなずき

 「うわっはっは!これはちとやり過ぎたか?せっかくの綺麗な顔が台無しだぁ。

 まぁ、お主のような生粋のバンパイアともなれば、明日の朝にはキレイサッパリ元通りであろうがなぁ。

 ふわははははっ!!どうだカミラー?参ったか?ホレ、参ったと言わんか!?」

 肩で息をする、小さなピンクのドレス姿に屈み込んで言った。


 カミラーは赤黒い顔を血液とリンパ液とで光らせて俯(うつむ)いていたが

 「フン!間抜けでとぼけたヤツかと思うたが、な、中々やるわい……」

 未だその眼光は死んではおらず、魔界の貴族に相応しく気丈に返した。


 「ふあっはっはぁ!良い佳い!それでこそ可愛がりようがあるというモノよ。

 では今一度聖光で打って、お主に無条件降伏というヤツをさせようか」

 ジハドは獅子を象(かたど)った兜の内で怒りに顔を青くさせ、ガシャガシャと甲冑を鳴らして立ち上がった。


 そして、今度はカミラーから油断なく、後ろ歩きで、グングンと距離を取り、自らの金色の背中を闘技のある一辺、そこの鋼鉄の柵にぶつけてから止まり、次の連続聖掌光をより回避困難なものとすべく、この闘技の場におけるカミラーの唯一の避暑地である、自らの背後の空間を封じたのである。


 これに熱狂して嗜虐的な悦びに打ち震える観客らであったが、その特等席では街長のアントニオが皆と同じになって立ち上がり、ジハドの健闘ぶりに惜しみ無い拍手を贈っていた。


 「グヘヘェッ!いいぞぉジハド!流石にしっかりと魅せてくれるわ!!」


 だが、その街長の傍らのドラクロワは闇色の天鵞絨(ビロード)マントから、もうもうとした紫煙を噴出させ、顔を影にしてうつむいていた。


 「なんとも傍(はた)迷惑な芸を使うヤツだ。

 ウム。もし俺なら、ヤツをあのケバケバしい聖衣ごと火炎魔法で墨にしてやるか、氷の柱にして中身ごと粉砕してくれるかだが、当のカミラーには一切の魔法が使えぬ……。

 その上、ああも連続で聖光を照射されては鉄の柵を破る隙もなく、また聖衣を剥いで敵に触れ、得意の退神聖属性を流すことも叶わぬか……。

 フフフ……中々にやり込められ、いい見世物になってきたな。ウム、やはり血闘とはこうでなくては楽しめん。

 はて、それより俺の葡萄酒の代わりはまだか?」


 さて、闘技の舞台では、カミラーが健全な右足一本を頼りに、世界チャンピオンに挑む12ラウンド目のボクサーのごとく、ヨロヨロと健気に立ち上がっていた。


 これを認めた聖光を発射寸前の怪僧は、金色の聖なる兜の中でそれを嘲笑(あざわら)い

 「おうおう、なんとも憐れな姿よのう。どうだ?カミラーよ、今、参った、といえば今宵はこの辺で勘弁してやろう!どうだ?降参するか?」


 これにカミラーは、急速に治癒・復元してゆく小さな顔にかかったピンクの巻き毛を手の甲で優雅に横へと流し

 「た、たわけい……。わらわこそは魔界の大貴族、誉れ高きラヴド家の現頭主カミラーであるぞよ!

 そのわらわが、手前勝手に爛(ただ)れた享楽の生き方を正当化させんと魔王崇拝を醜く歪ませた、貴様等のような者などに屈すると思うか?

 この恥知らずの度し難き痴(し)れ者めっ!次なる一合にて、このわらわの憤怒を思い知るがよいっ!!」

 だが、威勢よく啖呵を切った吸血姫の左半身は聖光の影響で、ダランとだらしなく伸びており、その小さな肢体のバランスは憐れなほどに崩壊したままであった。


 「ふあっはっはぁー!よう言うたっ!存外、お主とは正真正銘、あの本物の魔戦将軍カミラーその人なのかも知れんのう!?

 ふははっ!今のお主からはそれほどの赫然(かくぜん)たる気骨気概を覚えたわいっ!!

 では見事、この儂の聖掌光を受け切ってみいっ!!

 うぬぅううう……はっ!喝っ!!」

 ジハドの峻烈(しゅんれつ)なる気合いと共に、光の氾濫が闘技の舞台を青白く浄化した。

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