159話 多分、マリーナでも大丈夫だった

 この天を斬り裂くように駆け上がった見事な一刀により、堪(たま)らずミニチュアシャンは上向いたが、その方向性のままに軽やかにとんぼ返りをして、黒砂の更なる追撃から逃れた。


 だが、着地した彼女の顔面に刻まれた傷は深かった。

 それは左の顎から左眉の上の額までもを割る、垂直方向に走る裂傷であり、今、漸(ようや)くその裂け目から水風船を割ったようにして、パシャッと鮮血が噴き出してきた。


 「きゃあっ!!ヒドイ怪我ですっ!!あの深さは……も、もしかしたら頭の中まで損傷しているかも知れません!!」

 ユリアはそれに共感するように、愛らしいソバカスの顔をしかめた。


 マリーナも険しい顔で盤上を見つめ

 「あー。こりゃ、ズイブンといいのをもらっちまったねぇ。

 あの四本腕のヤツ、なかなかの速さだよ。

 けどさ……うーん。何だか今のってさー」

 と、何かが気に掛かるような、そんな呟(つぶや)きを漏らした。


 「よしっ!よしっ!でかした黒砂!ありゃかなりの深さだぞ!!ケッ!ざまぁみろってんだ!!

 クソウルフマンだろうが、クソバンパイアだろうが、どんな化け物でも脳味噌を引っ掻き回されりゃ、流石に堪(たま)んねぇだろ!?

 しかも、そいつが銀の剣とくりゃ、あのクソ畜生姫も終わりだなっ!

 まぁ最強無敵の黒砂が相手じゃ、当然こーなるのがオチだよな!?キャハハハハー!!」

 メッカワは繊細な深紅の拳を固め、嬉々として喚き散らした。


 だが、それをものともしない対戦者席のシャンは、横目でマリーナの顔を見て

 「うん。やはりお前も言い様のない違和感を感じていたか。

 あの黒砂とやらの戦い方だが、確かに何かが引っかかる。

 あの異形の代理格闘戦士。四本の腕を巧みに操る剣技の速度も、また膂力(りょりょく)も相当なモノだ。うん、それは間違いない。

 だが、決してそれらだけでは納得のできない何かがある……」

 クセなのか、敵に致命傷を与えておいて、またもや剣を地に刺してそれを観察するように佇(たたず)む青い剣士を見ながら言った。


 マリーナもその疑念的考察にうなずき

 「そーそー!アタシもアイツがチッコイシャンの初めの一発目を、ガッチリ受け止めたとっからもう、アレッ?コリャ何か変だなーとは思ってたんだよねー。

 初めは、アイツの強さのヒケツは、速さと目の良さかなとか思ってたんだけど、タブンそれだけじゃーないね?

 なんかうまく言えないんだけどさ、今、チッコイシャンが後ろに跳んだのも、なんかそーするのを知ってたみたいに追っかけたでしょ?

 そんでもってさー、そんときチッコイシャンがトッサに投げたヤツもさ、それが三本とも自分のオデコに来るッてのを、まるでトーゼン分かってましたーみたいに、剣の一本で落としたよねー?

 んー。アリャ中々出来るこっちゃないよー。

 はうわっ!!あー!分かった!アタシ分かっちまったよー!!あのチッコイ四本腕ったらさー!?」

 パンッ!と、巨大なバストの前で景気よく合掌した。


 これにドラコニアンの三姉弟達は一様に舌打ちを鳴らし、シャンは目を伏せて満足そうにうなずき、ユリアも

 「流石は怪物狩人(モンスターハンター)のマリーナさん!スゴい分析力ですー!!

 私、そういう風に考えて観てませんでしたよー!!」

 と、どうやら同じ答えに辿り着いた様子で、戦闘屋のマリーナへ振り返った。


 そしてなんと、格闘中の盤上の二戦士達でさえもが、その所見の先が放たれるのを待っているようにも見えた。


 「そーだよ!!コイツってばー、メッチャクチャ''運''がいいんだよっ!!」


 シャンを除く全員がズッコケそうになった。


 「そーそー!だからつまりさー、アイツ、チョー運が良いから、ホントテキトーに剣を振っただけで、ウマイことチッコイシャンの攻撃を全部弾きまくっちまってましたー、みたいな?なんかそんな感じ?ウンウン!

 全くオッソロシーヤツだよ!そんなスゴい強運のヤツ相手にどーやって戦えってんだい!ねぇ!?」

 言って、スラリとした鼻筋にシワを入れて牙を剥いては、実に憎々しげに黒砂を睨むのだった。


 これに対戦者席のシャンは遠い目をして

 「うん。流石は我が親友にして戦闘の専門家マリーナだ。確かにその線も捨てがたいな(棒読み)。

 だがな、それとは別で、こうは考えられんか?あの黒砂の特殊な能力とは''悟り''であると。

 つまりな、あの代理格闘の剣士とは、対峙した敵の思考・意志の全てを読み取れることが可能なのではないか?とな」

 

 ユリア、そしてアンとビスは、漸(ようや)く納得して、それそれ、うんうんと繰り返し首肯した。


 だが、マリーナは虚(きょ)を衝(つ)かれたような顔となり

 「あん?相手の……シコー・イシを読むぅ!?

 ん、なーるほど!言われてみればその線も捨てがたいね!!

 さっすがはシャンだ!!ウンウン、コリャホント捨てがたいよー!!いやホントホント」

 中々やるもんだ、とばかりにうなずいた。


 「ブシシシッ!黒い髪のキミ。中々スルドイねー。

 バレても対処のしようがないから言っちゃうけど、確かにキミの指摘したとーり、ボクの黒砂の無敵の能力は、その''悟り''なのさ。

 コイツは敵の考えることはモチロン、ちゃんと形になっていない、ちょっと思ったことさえ、ツブサに読み取れるんだなー。

 ブシシシ!!てゆーか、先に言っておくけど、頑張って頭を空っぽにして、なんにも考えないよーに戦ってもムダだからね?

 なんたって黒砂の悟りはねー、ホントにちょっとした微弱な意識さえも、ヨユーで受け取っちゃうんだからねー。

 まぁそーゆー訳で、ボクの黒砂に勝てるヤツなんか誰もいないってことだよ。

 ブシッ!ブシシシシッ!!」

 カッツォは絶大な自信の裏打ちを自ら暴露して見せた。


 マリーナはまたもや怪訝な顔となり

 「へぇー、そーなんだぁ?じゃヤッパリ、シャンの考えが当たってたのかい。

 なぁんだ、そういう能力だったら、そらぁもぅシャンの勝ちでキマリじゃーないか。

 えと、こーいうのってなんつーの?

 そっ!アイショーが悪かったっていうのかな?

 アハッ!あの四本腕も今回ばっかしは相手が悪かったねぇー、いゃあホント」

 そう言って、頭蓋骨を割られたミニチュアシャンの勝利を確信した。


 これに、対戦者席のシャンもユリア達が微笑むのを眺めながら

 「うん。そうなるな。では、後のことは我が小さな分身に任せるとしよう」

 

 これを頭上から浴びた、深く傷付いたミニチュアシャンの顔、また頭部からは、ソソソッと無数の銀の線が溢(こぼ)れ落ち始め、彼女は喉の辺りでわだかまっていたマスクを引き上げつつ、五指の開いた左の掌で雌狼の顔を覆ってうつむくと、それは瞬く間に仲間が見慣れたシャンの顔へと戻っていた。


 そうして、優雅に漆黒の美髪を高く結うと

 「待たせたな、黒砂とやら。どうやら私は出し惜しみというヤツをしていたようだ。

 お前のような姑息な手を使わず、正々堂々と戦う強者相手に手加減は無礼であったな。すまん」

 と、シャン本人より一オクターブほど高い声で言って、両手の指を胸の前で組み合わせ、そこで不思議な印を結んだ。


 その無惨な裂傷が開く、生気と血の抜けた青白い安らかな顔とは、なんとも言えない、ゾクゾクとさせられるような、ある種、強烈な淫靡さを放っており、それは死の香る、慄然とさせられるような美しさだった。


 彼女はそこから、ハラハラと鮮血の花弁を撒きながら、四角い荒野を一歩、また一歩と歩み、悟りの剣士の至近距離まで進軍した。


 「キャハハハハッ!哀(かな)しー!!

 もう勝負を諦めて、獣人ナンとかも解いて、後は一思いに殺ってくれってか!?

 ウンウン、中々にクソ潔(いさぎよ)いじゃねーか!!

 おい黒砂!!早いとこ、そいつをクソ混じりの小間切れにしてやりなー!!」

 メッカワにとって、今のミニチュアシャンとは、獅子に狙われ遁走するも、やがて精も根も尽き果て、最早ここまで敵わぬと観念し、生きる道を捨てた野兎のように映っていた。 


 これに、相変わらずの美々しい無表情で四本の曲刀を荒野から抜き、深傷の獲物に引導を渡さんとする黒砂であった。


 が、ここに来て、初めてその青い顔にあるひとつの表情。紛れもない困惑の形が現れた。

 そして、悠然と歩み寄るミニチュアシャンを恐れるように、その一歩に、同じく一歩の後退をして、それとの対決を避けているように見受けられた。


 「ブシシ!!流石の黒砂も、抵抗を止めて、自分から命を差し出す相手を斬るのは、なんだか気分が悪いのかなー?

 てゆーか、いいんだよ黒砂!遠慮はいらないからさ、一思いにやっちゃってよー」

 

 「ふう。これで三本勝負は一対一ゆーことじゃね。

 ホンマ、カッツォの黒砂は強すぎて楽しゅうないけぇ、次はメッカワ。アンタがやりんさい」


 「うん。分かったー!でもやるのはボク、私刑(リンチ)のオタラでしゅからねー!」


 ドラコニアンの姉弟らが今度こそ勝利を確信した、その時。


 ドッ!


 代理格闘遊戯盤の荒野に何かが落ちた。


 見れば、そこでミニチュアシャンが右のケルベロスダガーをすくいあげた後か、それを天に掲げるようにして立っていた。


 この女、まだ悪あがきをするのか、と呆れ返り、それと対峙する黒砂を見ると、その青い剣士は呆然と自らの二本ある左腕。その上段の先を見ているようだった。


 そこには例の宝剣は見当たらず、黄金の腕輪をそこに残して、その手首から先が消失しており、その曲刀を握った青い指の拳は黒砂の後方に落ちていた。


 この光景にドラコニアン達は一瞬で思考停止となり、黒砂の細い手首から、煌めく腕輪と黒血が流れて落ちるのを、只、呆然と眺めることしかできなかった。


 そうしていると、またミニチュアシャンが無造作ともいえる動きでケルベロスを振り、今度は黒砂の下段右の手首を殆んど千切れるほどに裂いて、その宝剣を落とさせたのである。


 ザエサはこの予想外の事態に狼狽(うろた)え

 「なっ!?ナニコレ?どういうことなん?

 えっ!?なんで黒砂がやられとん?

 はっ!?意味分からんけー!黒砂!あんた悟りはどーしたんね!?

 なに、そげに(そんな)死にそーな女に、えーよーにやられよるん!?」


 「フフフ……相手の思考・意志を読む、か。実に恐ろしい能力だな。

 だが、如何(いか)にその悟りをもってしても、無。

 無いものを読むことは出来ないようだな」


 そう語る、美しき闇狩人シャンの奥義。''虚無の乙女''が今発動したのであった。

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