157話 青い黒砂

 この大型の代理格闘遊戯盤での決闘の第二幕は、東西の辺の中央に設置された二つの対戦者席。

 その東に丸々と太ったドラコニアンの少年カッツォが、そして西にシャンが座し、特段これといった前置きもなく、対峙し合うこの二人は、各々の前に穿(うが)たれた黄水晶に手を乗せた。


 すると、その二人のすぐ前の人造荒野には、忽(たちま)ち黄色い炎の螺旋竜巻が発生した。

 つまり、代理格闘戦士の登場である。


 この大型筐体の盤上の渦中の二柱の大きさとは、先の試合の場合とは異なり、その大きさには殆(ほとん)ど差異が見受けられなかった。


 それら二つの回転炎柱は、焚き火を引っ掻き回したような、そんな無数の火の粉を撒きつつ、徐々に燃え尽きるようにして、その煌(きら)めく渦の中心に屹立する戦士の姿を露にしてゆく。


 「わわわっ!!来た来たー!!うんうん!ヤッパリ出てきたのは本当にシャンさん本人ですねー!?

 とっても小さいけど、いつものキレーでカッコイイシャンさんですー!!

 エヘヘ。なんかだか、ちょっとカッワイイですね?

 ねぇアンさん!見てくださいよ!あれ!あの深紫の細身のレザーアーマーも、その下のピッチリとした革のパンツだから、まるで紫の桃みたいな小さなお尻も、もーホントに完璧にシャンさんそのモノですよねー!?

 へぇー!ヤッパリこの代理格闘遊戯盤ってよく出来てますよー!

 あえっ?アンさん、どうしたんですか?何だか顔が赤いですよー?熱でもあるんですかー?」

 と、無遠慮・無邪気に感想を述べて、直ぐ隣で、たった今召喚された盤上のミニチュアシャンから、雪のように白い、愛らしい顔を斜め下へと背けるようにして、その目線を外すライカンの妹へ問うた。


 なるほど確かに、ユリアの指摘通り、なぜかうつむいたようなアンとは、幾らか頬を染め、上気しているように見えないこともなかった。そして

 「え、えぇ。ホントに、はい……」

 と、呟(つぶや)くような小声で返すのが精一杯であるようだ。


 その傍らにあった姉のビスは、わざとらしく咳払いなどして

 「ユリア様!!気高き我等の姫、シャン様を、例えそれが遊戯盤上の夢幻の分身とはいえ、そのように下品な、あの……えと、そう!そんな破廉恥な言い方でもって表現をなさらないで下さいましっ!!」

 と、こちらは褐色の肌のせいでよく分からなかったが、まるで照れ隠しのように一気に捲(まく)し立て、ユリアを、キョトンとさせた。


 カッツォの後ろに立っていたザエサは、突然叱られて困惑するユリアの

 「あえっ!?ビスさん急にどーしたんですか?

 ハレンチって、えっ?それって何のことですか?

 ん?えーっ?あ、桃?」

 を聴きながら、牙の漏れる口元だけで笑って

 「我等の姫……ねぇ。ふーん。光の翼で空飛ぶ''ガサツ女''のお次はお姫様ね。

 ニャハハッ!ホンマあんたらどういう関係なんね?」

 言って、盤向かいの正体不明の女勇者団の顔。それらの一つ一つを代わる代わる値踏みするように睨(ね)め付けた。

 

 「ひ、ひめ!?ヒメッつったら、あの姫か!?キャハハハハッ!!コイツは笑わせてくれまちゅねー!?

 へっえぇー!クソ底辺冒険者の中にも、一応、クッソみてぇな上下関係があんのな?キャハハッ!!

 だがな、確かシャンとかいったな!?テメェは全然、姫ってガラじゃねーから!

 ジーっと見てると薄ら寒くなってくるよーな、そういう恐ろしく澄んだ目をしたヤツは、絶対にまともな人間じゃねぇ!

 どー見てもあれだ!そーそー!人殺し!!それも快楽目的で人を殺戮(バラ)すよーな、そーいうイカれたヤツの目だぜっ!!

 お前みたいな超弩級のクソ変態女なんかは、最近、巷で噂の光の勇者様に、バッサリ成敗されちまえばいいんでちゅー!!

 キャハハハハッ!!」

 メッカワの裏声は心底不快ではあったが、他人(ひと)を視(み)る目と勘は悪くはなかった、とか。


 「まぁまぁザエサも、メッカワも。この人(しと)達がどんな括(くく)りのなんだって、そんなのどーでもいーし、なんでも同じだよー。

 ブシシッ!だってさ、この代理格闘遊戯盤で戦うのなら、どこの誰だろうが、てゆうか、もし魔王だって、絶対にこのボクの超戦士''黒砂(くろすな)''には敵わないんだからねー」

 どこまでも暢気(のんき)なカッツォが極太の指で差した目の前。そこには彼の誇る異様な風貌の代理格闘戦士が現れていた。


 それは、体高こそミニチュアシャンの20センチに少し満たない、それと同様であったが、その痩せ型の半裸の肌の色は、水色に近い鮮やかなブルーであり、実に目鼻立ちのハッキリとした美しい青年を想わせた。


 そして、その長い黒髪を束ねた頭部には、孔雀の羽の飾りの付いた、気品に満ちた優美なる黄金の冠を被っており、それは彫りの深い美々しい貌(かお)によく似合っていた。


 また、金細工のきらびやかな装飾にまみれた青い肢体は、男子の割りに繊細といってもよいほどに、すらりとしなやか伸びていて、どことなく貴族の風をさえ感じさせた。


 だが、その不可思議な青い肌に加えて、もうひとつだけ、一般的な人間族とは異なる特徴があった。


 それは、その上半身にあり、金の腕輪(ブレスレット)の輝く、痩せて筋張った両の腕が''二対''あったのだ。


 この四本の腕に片刃の曲刀(シャムシール)を握った、おおらかな金色のズボンを履いた戦士こそ、赤きドラコニアンの姉弟らが誇る無敵の最強戦士、黒砂であった。


 この異形の四臂(よんひ)剣士は、戦闘的な構えとはかけ離れた、猫背の脱力で抜き身の四刀流を提(さ)げ、額の中央に張り付いた、一粒の美しいサファイアのような宝石を煌めかせつつ、遠く離れたミニチュアシャンを、黒々とした長い睫毛(まつげ)の眼で以(もっ)て、一種官能的ともいえる妖しい眼差しを投げるようにして見ているようだった。


 先のザエサの喚(よ)んだ暴竜王レッドドラゴンの大迫力と、次鋒の対戦者、巨漢のカッツォの風貌とに、イメージと想像力を誘引・誘導され、一体どんな恐ろしき大怪獣が召喚されるのか、と固唾を飲んで遊戯盤を見つめていた女勇者達であったが、この黒砂の優美にして、華奢(きゃしゃ)とよんでもよい、実に線の細い風貌に、なんともいえぬ肩透かしを食らったような、どこか裏切られたような感覚を覚えていた。


 「へぇー!この青いのってさー、ちょっと変わった剣を持ってるねぇ。見なよ、護拳から刀身まで宝石まみれだよ!

 あーあとあと!一、二、三……へえー!腕が四本もあんだねー?

 ふーん。コイツが無敵の最強戦士さんなんだー!?

 うん、四本腕っつったら、なんかアレ思い出すね。

 えーと、ちょっと前に聖都でコーサが召喚した、あのリザードマンのお化けみたいなヤツ。確かあの女剣士も同じ四本腕だったよねー?

 あっ、そーいや、この間の邪神の兵士も同じ四本腕だったっけ?

 アハッ!コリャ同じ剣士として、コイツがどういう風に闘うのか、アタシャ今から楽しみでタマんないよー!

 んま、コイツがトンでもないバケモノで、あっと驚く、スンゴイ能力でもなけりゃ、ウチのチッコイシャンには、まーず敵わないとは思うけどねぇ」

 巨大なバストを載せた腕組みのまま、少し前に身を乗りだし、しげしげと黒砂を観察するマリーナは、この青い人外剣士の振るうであろう、四本の奇妙な曲刀の太刀筋というものを早く見定めたくて仕方がないようだ。


 これにユリアも負けじとばかりに、小柄な身を思い切り前へと乗りだし、目には見えない代理格闘盤の内と外とを隔てる障壁に、ゴツンッ!!とイヤというほど額をぶつけた。


 「ほぎゃっ!!あ痛たたたー!!ほ、星が!星が飛んでますー!

 ててて、うっひゃー!!何ですか?あの代理闘士は!?

 ななな、なんちゅー顔色の悪さなんでしょ!?はえっ!?よく観れば、身体もスッゴク青いですー!!

 ふーんふーん!コレが無敵の戦士なのかー。思ってより、ずいぶん小さいですね?

 あの四本の腕で、一体どーいう戦い方を見せてくれるんでしょうねー!!?

 んきゃー!!こ、この遊戯盤!やっぱりスゴい!こ、これは、たたた、楽しみすぎるぅー!!

 あ痛だだだだだっ!!」

 後方から迫る手により、今出来たばかりの額のタンコブを、鉤(かぎ)にした細い二本指で、ギューッと押さえられ、身悶えするユリアであった。


 そのシルクのブラウスの細腕の持ち主は、捕獲したユリアをそのまま引っ張って着席へと導いた。


 「ユリア様。言っても無駄とは存じますが、もう少し落ち着いて下さいませ。

 ご覧ください、満を持して盤上のシャン様が動かれましたよ」

 すでにアンの顔は、多分にひきつっていながらも、いつもの美しいお澄ましへと戻っていた。


 その指摘通り、四角い荒野のミニチュアシャンは、相手の出方を悠長に待つこともなく、深紫の両の腕を前でクロスさせ、その細腰の両脇に提げた、必殺のケルベロスダガーの両の束(つか)を握りつつ、ザッ!ザッ!ザッ!と荒野に歩を進めていた。


 そうして、その絶妙な間隔で三枚の刃を列(つら)ねて一刀とし、それにより縫合不可能な三筋の裂傷を刻むという、無慈悲・無道なるアサシンダガーの抜刀を済ませ、腰の両鞘内にて充分に塗布の為された薄紫の死液、ウルフズベイン(トリカブト)の滴(したた)る刀身を後方に流すように構えて、その視線の遠い先。標的の黒砂へと向け駆け出したかと想うと、直ぐにこの美しき闇狩人は紫の疾風となったのである。


 この小さき女影の発進に、女勇者団とその従者たちは惜しみない声援を送り、ドラコニアンの姉弟達は、その人間離れした、殆ど飛ぶような疾走の速度に、一瞬、我が目を疑った。


 そうして、盤上のシャンは瞬く間に四本腕の美青年剣士の至近距離へと迫り、電光の速さでそれとすれ違ったかと想うと、その背後の下方から、所謂(いわゆる)逆袈裟に、二刀の恐るべき毒死斬撃を放ったのである。


 その刹那。


 ギギイィンッ!!


 黒砂の青い背中を照らすように、パッと火の華が咲き、鋼と鋼がぶつかり合う音が鳴り響いた。


 見れば、惚れ惚れするようなシャンの二刀流の斬撃らは、それに後ろ向きで屹立したままの黒砂の二本ある右腕。その上段が後ろ手に回されており、それが握る一刀によって見事に受け止められていたのである。


 そうしておいて、漸(ようや)く黒砂は肩越しにミニチュアシャンを振り返った。

 が、すでにそこにはシャンの小さき分身は居らず、今度はおっとりとした優男の前へと回り込んで、その頭上から金の輪飾りが満載の両耳をそぎ落とすようにして、その直下の両の鎖骨へめがけ、二刃を落としていた。


 だが、これも黒砂の身に触れるすんでのところで、上の左腕一本によって、見弾かれた。


 恐るべきは、この度も黒砂は肩越しに後方を向いたまま、一切ミニチュアシャンを目で追うこともせず、遅れ後手からの神憑(かみがか)りとさえいえる、まさに紙一重の弾きを放ったのである。

 そして今、やっと首を返して、万歳するような格好になったミニチュアシャンを見据えたのだった。


 「ブシシシシッ!無駄無駄ムダムダ!!そんな程度の速さじゃ、たとえ一晩中続けたって、ボクの黒砂にはかすりもしないよー。

 てゆうか、この人(しと)。見た感じはアサシンみたいだけど、凄くノロマさんなんだねー。

 ブシッ!ブシシシシ!!てゆうか、本気でやって、今のスピードくらいがやっとこさなのかな?

 なぁんだ、つまんないのー。じゃあ黒砂が攻めに回ったら、あっという間におわりじゃないかー」

 鈍重そうな肥満体のカッツォは、完全に死角を獲(と)った上で、そこから流れるように放った筈のミニチュアシャンの高速斬撃を、一切の無駄を排した余裕の一刀で弾き返すという、黒砂の保有する恐るべき超反応力を自慢した。


 「ひゃー!!スゴいねぇ!やるじゃないかあの四本腕っ!

 あんな目にも留まらないシャンの二太刀を、ガッチリ受け切っちまったよ!!

 しかもさー、生意気に、こんなのヨユーです!みたいにやってくれんじゃないのさ!!

 アハッ!でもねぇでもねぇ!このチッコイシャンは、まーだまだ本気なんか、これっぽっちも出しちゃいないんだよ!?

 シャンがスンゴイのを思い知るのはこっからだよ!!アハッ!」

 長い人指し指でミニチュアシャンの小さな背中を差して、それを、クルクルと回して言った。


 この親友の揺るがぬ全幅の信頼に165㎝のシャンはマスクの面(おもて)を波立て

 「フフフ……まぁそういうことになるな……。

 私の小さき分身よ。どうやらその剣士とは、出し惜しみをしたまま勝てるような相手ではないようだ。

 いうなれば、まさに相手にとって不足なし、といったところか。

 うん。ならば一切の遠慮は要らん。一思いに、さっさと人の限界など越えろ」

 と、盤上の女アサシンへと指示を送った。


 無論、これを聴いたドラコニアン達は、一様に顔を曇らせ

 「人の限界など、越えろ?」

 と思わず、シャンの吐いた言を反芻(はんすう)した。


 そして、こちら側の陣営のアンとビスとは、反射的にお互いを見合わせるや、それぞれの鋼の六角棍を脇に置き、床に片膝をついたかと想うと、どう見ても代理格闘遊戯盤上のシャンへ向け、各々のショートボブの上部に立っていた犬耳さえも倒して平身低頭となり、慇懃に平伏したのである。

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