156話 ドラゴンスレイヤー

 今や満身創痍、正しく息も絶え絶えとなったとはいえ、暴竜王レッドドラゴンに相応しい大迫力の飛翔を見上げたザエサは

 「うわぁーびっくりしたー!マリーナ!あんた一体何者なん?

 ウチのレッドドラゴンをあそこまでよー追いつめたね?ホンマちょっと信じられん強さよー!

 ニャハッ!じゃっ、けっ、どっ!ナンボあんたの代理格闘戦士が、ウソじゃろ?ってゆうくらい、ぶち(とても)強いゆーても、あーよーに(あのように)空飛ばれたら、はぁ(これは)手も足も出んわいねー?」

 そう語る少女の顔とは、なんとも愛らしく、そしてどこまでも意地悪そうであった。


 「そ、そーでちゅーっ!!あのクッソチビのクソオッパイ!クソ生意気にバッカみてーな闘い方しやがってーっ!!

 だけど、もう、こーなったら詰みだよねー!?

 あとは空からイヤッていうくらいに、逃げ場も隙間もなく、灼熱のドラゴンブレス(炎の吐息)を吹きまくって、あのクソチビなんか直ぐに消し炭でちゅよーっ!!

 キャッハハハハー!!クソゴキブリの分際でよくやったけど、ハイざんねーん!!レッドドラゴンはギリギリ殺られてないでちゅーっ!!

 キャハハッ!!ホントお疲れ様でちたねー!?」


 「ブシシシ!!あのオッパイ戦士の強さには、ちょっとだけ驚いたけど、でもでも、それと勝負とは全然カンケイないんだなー。

 てゆうか、その金貨はいただきまーす」


 先のミニチュアマリーナの魅せた驚異的な奮闘振りに、揃って確かに肝を冷やしたドラコニアンの三人姉弟達であったが、今現在、この四角い荒野の天空を荘厳なる存在感を放ちつつ、悠々と滑空・旋回する自軍の魔物戦士、レッドドラゴンを満足そうに仰ぎ見て、そうしてようやく、そんな飛行能力を持たない人間族の哀しさを嘲笑する余裕をさえ取り戻していた。


 だが、この展開に女勇者団は、それらの嘲(あざけ)りにもどこ吹く風であり、それどころかお互いの顔を見合わせては、プッと吹き出して、クスクスと笑い合っていた。


 またアンとビスも愛らしいお澄まし顔を普段より特別、嗜虐(サド)色に染めて僅かに崩し

 「フフフ、フフ。あらあら、まあまあ。最早、この形勢(かたち)となれば、投了……」


 「ええ、間違いなく、こちらのマリーナ様の完全勝利ですわ。

 フフフ……あぁ可笑しい」

 と、少し前に出た口元を押さえ、美しいブルーグレイの瞳の眼を細めて言った。


 無論、これを認めたザエサは緑の片眉を上げて

 「ん?なんねーあんたら?その、いなげな(おかしな)態度は!?ちょーっと気に入らんねー!

 あー分かった!あの女戦士、はぁ(すでに)ヤケ(自暴自棄)んなって、下からあの剣をブン投げるゆー、まだそーゆう手があるじゃん!?とか思うとんじゃろ!?

 ニャハッ!ムリムリ!!そんなイチかバチかで、たった一本しかないあの剣投げても、ぶち(奇跡的に)ええ具合に心臓か眉間にでも当たらんにゃー、まずあの子のファイアーブレスは止まらんけーね?

 はぁもう(この度は)潔(いさぎよ)く諦めんさい」

 そう言うと、このスレンダーな長女は、シッシとばかりに赤い甲の手を振って、このレッドドラゴンに有利となった、正しく大逆転的な戦局に不思議な余裕を見せる女勇者団を揶揄(やゆ)した。


 これに隣席の弟も樽のような腹を抱えてさすり

 「ブシシシ……。そーそー!終わり終わり!

 もし、あの代理格闘戦士がホントは魔法も使えて、このレッドドラゴンを空から落とせるくらいの雷撃とかを飛ばせるんなら、そんなの初めっから使ってるハズだしねー」

 

 「キャッハハハハー!!おー?きたきたー!!ホラホラ吹くよー!吹いちゃうよー!!」

 次女のメッカワも、血塗れのレッドドラゴンが酷く苦しそうに羽ばたきつつも、今や胸一杯に吸気を果たし、その鼻腔から、ネロネロとした陽炎(カゲロウ)と黒煙とが漏れ始めたのを認め、嬉々とした裏声で喚き散らした。


 確かに、このろくに遮蔽物も高台もない上に、眼には見えない障壁で以(もっ)て四方を囲まれたこの平たい疑似荒野が、飛翔する恐ろしき赤い戦闘機の投下する爆炎(ナパーム)の大空襲により、たちまちのうちに死の火炎地獄になる光景というモノが容易(たやす)く予想・想起された。


 だが、対戦者席のマリーナは不敵に笑って、バキバキと景気よく赤いグローブの指を鳴らし

 「よーし!!んじゃあチッコイアタシッ!!ここで一発!あの新技いってみよーか!?アハッ!」

 と、さも愉し気に、両のブラウンの柳眉を、ウキウキとさせた。


 これに傍(かたわ)らのシャンも低く笑った、その刹那。

 遂にレッドドラゴンの口が、バカリと開き、そこが一瞬爆発したようにオレンジ色に煌(きら)めいたかと想うと、そこから一気に、あの荒野を焼いて黒いガラス状にした焔(ほのお)の息が伸びたのである。


 これに、その遥か下方にて冷たい大地に片膝を立てて踞(うずくま)っていたミニチュアマリーナは、前方へと降ろした大剣の柄(つか)を両の手で握りしめ、何かを念じるような、そんな苦悶にも似た必死の形相で俯(うつむ)いていた。


 そして、この女戦士の20㎝に満たぬ、とてもちっぽけな身には、対戦者席のマリーナが''新技''と表した、あの水と芸術の都カデンツァにて、妖しい美中年バラキエルの爪操(つまぐ)る、世にも不可思議なる統計学的分析カードの説き明かしにより、つい最近開眼・会得したばかりの能(ちから)が発現・発動しようとしていた。


 その変化とは、先(ま)ず、この祈るように屈(かが)んだミニチュアマリーナの背面に、突如、白い燐光として現れた。

 そしてそれは、そのしなやかな身体の面(おもて)にまとわりつくようにして、まるで白い光の血流のごとく、その体幹から四肢の末端へと縦横無尽に流れ、また拡がってゆくのだった。

 

 そして、それら光の奔流らは急速に何かの形をとりながら、ミニチュアマリーナの深紅のブーツの両足首。

 そこのくるぶし周辺を包み込み、また挟むようにして、不思議な四角ばった白光の紋様となったかと想うと、なんとそこには、鳩の翼大の"光の翼"としか形容・表現出来ない様なモノらが、深紅の鋼鉄ブーツの足首を挟むように、ふたつづつ形成されていた。


 また、彼女の上半身に装備された紅の部分鎧の裏。そこのよく日焼けした背中の両の肩甲骨辺りにも同様の紋様が渦を巻いており、直ぐに足首同様に、そこにも大鳥コンドルのモノに匹敵しそうな、とても大きな光の翼が二つ顕現(けんげん)したのである。


 そうして発現した、それらの背中、足首の都合六枚の翼とは、純白の焔(ほむら)のごとき美しいエネルギー体のようであり、輝く雪のような欠片を後方へと舞わせつつ、確かに揺らぐようにしてはためいたのである。


 そして、固く閉じられていたミニチュアマリーナの左目が、カッと開かれ、それが彼女の身体を巡る光の紋様・翼と同じ色に輝くや、彼女は天空より迫り来る、螺旋状に逆巻く、樽木のように大きな焔の吐息とすれ違うようにして、放たれた一条の光の矢となって上空斜めへと飛翔したのである。


 そうして、その突き出した大剣を鋼の嘴(くちばし)とし、煌めく光の雪を振り撒いて、天空へと一直線に飛翔する美しい姿に、固唾を飲んで見守っていたユリア達は

 「出たーっ!!」

 と拍手喝采となり、敵方の三人のドラコニアン達は、ギョッと黄色い瞳の眼を剥いた。


 その直後。今や神聖なる天の使いのごとき姿で、逆流れに天翔(あまかけ)るミニチュアマリーナは、長い黄金色の髪の尾を引きつつ、レッドドラゴンの長い首とすれ違いながら

 「アハッ!楽しかったよ!アンタもよく頑張ったね!!」

 と、左の手で眉上にヒサシを作って敬礼みたいにして、どこか寂しそうに微笑(わら)って言った。


 それの下方に流れるレッドドラゴンは、自らが吐いた業火による猛烈な上昇気流により下から強く煽(あお)られ、力無く仰(の)け反(ぞ)るように、そのバニラ色の鱗の首を見せて上向けていた。


 そして、そこの真ん中に新たに刻まれた、大きな横一文字の裂け目を晒したかと想うと、ボロリとばかりに、そこで殆(ほとん)ど真っ二つに切断れた首の上部である頭部を含む上半分が、尚も優雅に滑空する赤い巨体と別れ、その切断面から真っ赤な柱のような血飛沫と焔(ほむら)とを撒きながら、その背中方向へと、まるでロケットの分離された燃料タンクのように、酷く儚げに空へと転がった。


 これに「あっ!!」とドラコニアン達が叫んだその直後、分断されたレッドドラゴンの二つの身体は同時に、ボンッ!!と黄色い眩(まばゆ)い炎を噴いて荒野に墜ちていったのである。


 そして、それらは四角い大地に不時着・衝突する前に、天空へと逆さ滝のごとく駆け上がるようにしてその場で爆裂燃焼。流星よろしく瞬く間に燃え尽きたのであった。


 また、その上空にて光の翼で羽ばたいて、そこで悠然と滞空していたミニチュアマリーナは、その美しい顔を何ともいえない泣き笑いみたいにして、実に優雅な所作にて斬馬刀のごとき鋼の大剣を納刀すると、先に焼失したレッドドラゴンと同じく、その全身から黄色い炎が噴出し、彼女は直ぐに人型の螺旋火柱となったのである。

 そして、遠心軌道上に黄色い火の粉をばら撒いてゆくのだった


 こうして、今代理格闘遊戯の初戦は決着・終焉となったのである。


 マリーナは、見事、激闘の務めを果たし終え、うたかたのごとく消え行く己の分身へと手を振り

 「オツカレー!まったねー!!」

 この女らしく、実に軽妙に別れを告げた。


 メッカワは露骨に戦慄(わなな)きながら

 「と、翔んだ……。単なる人間族ごときが空を翔んだ!?そんな、そんなバカな……。

 この代理格闘遊戯盤は私達三姉弟以外は、どー頑張っても水晶に触れた本人しか出ないように細工してあるのに!?

 じゃ、じゃあ……じゃ、このデカイクソ女も空を飛べるってのかぁっ!!?んなバカなっ!!?

 お、お前は何者だ!?光の羽根を生やして空を飛ぶなんて、そ、そんなの……そんなの七大女神様達の使いの天部か、それかあれだあれ、そう!伝説の光の勇者様だよっ!!

 チクショウ……チックショウ!!何なんだコレ!?この遊戯盤壊れたのかよっ!!?

 こんなの有り得ない!有り得ないんだよっ!!お前は一体なんなんだよー!!?頼むから今すぐ死んでくれよー!!」

 と、枯れ枝で作ったような骨ばった深紅の拳をテーブルに落とし、少女の地声で呻(うめ)くようにして口惜しさを炸裂させた。


 すると、これを合図のようにしてユリアとアン、そしてビス達が、このマリーナの勝利に歓喜して湧いた。


 「っんきゃー!!やったぁー!!やりましたねマリーナさーんっ!!

 あの竜族の上位種レッドドラゴンをホントにやっつけちゃうなんてお見事ですっ!

 ひゃー!!これはホントにスッゴい!トンでもなくスッゴいことなんですよー!!?

 あっ!それにあとあと!!あの鮮やかな自在飛行能力なんか、ホントにもう、この闘いの為に開花したみたいでしたねー!!?

 ふぁー!この素晴らしい大勝利を七大女神様達に感謝ですー!!」

 と無心でうなずきながら小さな手を合わせ、同じ格好のライカン姉妹等と祝詞(のりと)を唱え、また七大女神達への感謝の聖歌を紡ぐのだった。


 その清らかなる三和音を聴きつつ、未だ茫然自失のドラコニアンのザエサに、深紫の影のように静かに歩み寄る女。シャンがあった。


 「ザエサ。たった今、絶大なる自信とやらをへし折られたところで悪いが……。

 うん。我々は、まだあれを貰っていないぞ?

 フフフ……そうだ。確か、この代理格闘遊戯とは、一勝につき金貨五枚の筈だったな?」

 と嫌味タップリに言い、染め革の黒紫の細い腕を伸ばし、殆ど黒に迫る艶(つや)やかな深紫の爪の五指を開いて、あえて催促するように掌を出した。


 ザエサをその白い掌を憎々しげに睨み、ギリギリと歯軋(はぎし)りを鳴らして

 「クッ!!ホンマあんたらなんなんねー!?

 さも自分等を遊び半分で冒険者ごっこやってますー、みとーに見せかけて、よーもウチらを騙してくれたねー!?

 フンッ!金貨五枚なんかはした金、あとでちゃんと上げたるわいねっ!

 じゃけど、ウチが初めに言った通り、この遊戯は''勝ち越した''方の勝ちなんじゃけーね?そこんとこを忘れんさんなよー!?

 ええよっ!ほんじゃったら次は、あんた!確かシャンとかいーよったね!?

 次の遊戯は、あんたがやったらエーガ(よろしいでしょう)!!

 カッツォ!!次はあんたがやったりんさいっ!!

 遠慮せんでえーけー、もーこの根暗そーな変な女、あんたの無敵戦士で、ギッタギタのボロッボロに、ぶち回し(痛めつけ)て、シゴ(処刑)したりんさいやっ!!」

 艶(つや)めく黒い刺(とげ)みたいな鋭い爪の指をシャンに向けては激昂したのである。


 これに女勇者団らは、フッと眉根を寄せて

 「無敵、戦士?」

 と唸(うな)って、無気味な茶菓子の油に光る極太の指を舐める、丸々と太った半ズボンの長男を見た。


 「うん分かったー。しょーがないなぁ、大体いつもなら冒険者なんて、みーんな一戦目で負けちゃって、お財布の中が空っぽになっちゃってさー、それで頭抱えて諦めるんだけどねー。

 まっいっかー?じゃあ、この気取り屋さんで、いかにもお説教とか屁理屈とかが得意そーな人(しと)、このボクの最強無敵戦士で、アッサリとやっつけてあげるかー。

 ブシシシ……てゆうか、初めに言っとくけどねー?このボクの空前絶後の超戦士は、さっきのレッドドラゴンなんか比べモノにならないくらい強いんだからねー?

 だから、たとえキミがいっくら強くても、あのオッパイの人(しと)みたいに飛ぼうが跳ねようが、絶っ対に勝てないんだからねー!?

 ブシブシッ!ブシシシ……」

 微妙に噛み合わせのずれた、しゃくれた大顎を、モゴモゴと蠢(うごめ)かせて嘲笑(わら)い、丸っちい手を拭いたおしぼりをテーブルに放って言った。


 「フフフ……最強、無敵、空前絶後、か……。こいつは有り難くて涙が出そうだ(棒読み)。

 では、私の代理格闘戦士には、深遠なる大宇宙の究極真理を悟った者だけが保有する法力。その全てを披露させよう」

 そう静かに言って、先鋒のマリーナが立った対戦者席へと向かった。


 その少しの迷いも淀みもない、影が滑るように歩む姿とは、昏(くら)い闇を羽織って、夜露に濡れた暗黒の草原を往(ゆ)くような、そんな、ゾッとするほどに酷薄・残忍で、そして息を飲むほど美しき女の死神を想わせたという。

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