101話 未来戦士
ルリの栄養失調丸出しの細過ぎる腰を抱いた、旅の演劇一座の若頭みたいな、如何(いか)にも胡散臭い美青年のカサノヴァは、頭の真ん中、金色のモヒカンモドキを撫で付けて
「うーん……。ま、たまーにだけどよ、こんなことって、あるよな?
何かさ、女にフラてヤケんなってたり、いい感じで酒が入ってたり、それとは逆にスッゲ悩んでたりしたときとかだがよー、いわゆるひとつの心境の変化ってのか?
何かそんな感じで、ちょっと気分が変わったときなんかがそーなんだが……。
ゼッテー間違いなく、おんなじ人間が喚(よ)びつけてんのに、全く違う代理戦士がお出ましってことがよー」
その刺青の手で上から蓋(ふた)をするようにして掴んでいた、淡い琥珀色の蒸留酒のグラスを一気にあおり、代理格闘遊戯盤上を睨(ね)め付けた。
その懐のルリも、それにうなずいて、青年のレザーアーマーの胸に、乾燥気味の白い指を妖しい白蛇のごとく這(は)わせ
「ねぇ、カサノヴァ?さっきさ、アンタもみんなと一緒んなって……オッパイ!オッパイ!って怒鳴ってたよね?
それってまさか……もしかしてさ、このアタシみたいなのじゃ満足出来てないってことなのかい?」
獲物を狙う蛇みたいなその目線は、嫉妬の紅蓮(ぐれん)炎を宿して、矢のごとくマリーナの深紅のブレストプレート(胴鎧)の上部へと向かいながら、今すぐ明確な否定が欲しいくせに、飽くまで声色は然(さ)り気無くを装いつつ、愛しい恋人を責めるのであった。
カサノヴァは薄く笑って、ズズッと鼻をすすって、そこを折った指で押さえ
「なぁに言ってんだ。さっきのアレは男同士の粋(いき)なたしなみってモンよ。
んなの真に受けてんじゃねぇぞ」
ルリの華奢な顎を掴み、その頬に口づけしてやる。
さて、この仲睦(なかむつ)まじい若い二人の見つめる四角い荒野には、先のミニチュアマリーナと、それに対峙するカミラーの代理格闘戦士とが殺気の炎をぶつけ合っていた。
先のカサノヴァ青年の指摘通り、この度(たび)カミラーの喚び出した代理格闘戦士は、あの彼女の父親の肖像(かたち)をした、冷血陰惨なる処刑執行官のごとき巨影貴公子ではなく、マリーナの小さな分身と同じ程の大きさの者であり、華美にして恐ろしく高い黒ヒールで戦場を踏みしめ、そこに屹立(きつりつ)していた。
その新たな交代の参戦者は、ミニチュアマリーナには少し及ばない10頭身の痩身であり、ピンクの盛り髪のゴージャスな、煌(きら)めくようなスカーレットのフリルブラウスに、闇色のコルセットとスカートを纏った、陶磁器のごとき白い肌を持っており、それはそれは、怖いほどに美しい若き女であった。
その細腰には、柄(つか)と丸い鍔(つば)に飾り装飾の美しい、その瞳と同色の真紅の刺突剣(エストック)を提(さ)げており、左の前腕から手首までは、流麗なデザインのピンクのプロテクターが装備されていた。
つまり、装備した品を除けば、対戦席に座するカミラーを無理矢理に成熟させ、妙齢(みょうれい)な女へと急激成長させたような、この荒野にはおよそ場違いなほど、世にも美しい乙女戦士が現れたのだった。
そして、この代理格闘戦士には、一種奇異とも映る外装の特徴があった。
それというのは、喉元を飾る大きなリボンとフリルの壮麗なブラウスの胸を、その下から、これでもかと盛り上げているモノであった。
それは全体的に俯瞰(ふかん)で観たとき、この程好い痩身の美的バランスを完全に崩壊させ、そこに謎の不条理さと違和感すら感じさせるほどに実った、二房(ふたふさ)のたわわな隆起である、巨大なバストであった。
正しく"取って付けた"という言葉は、これの為にあるかのごとき、誠、不自然にして粉飾(ふんしょく)的な、完全に蛇足なる付属物が配備されていたのである。
だが、この巨乳戦士を発現させた女バンパイアは、それをさも満足気に見下ろし
「うんうん。この代理戦士とやら、中々にわらわに酷似しておるなー。
父の次は乳、いや、此度(こたび)はこのわらわを忠実に構築して見せおったかぁー。
うぅむ、やられた!この魔具を造ったのは誰じゃー!!ここへ連れてこい!誉めて遣わすぞえ!!」
と、一流レストランにて、席へとシェフを呼びつける美食家のごとくに、露骨に上機嫌になって暗いカウンターへと喚いたという。
その声に、光の勇者団の各メンバーは、何かを言いたそうに口元を蠢(うごめ)かせたが、思い直してそれを取り下げ、一様に哀しい目になってうつむいた。
だが、深紅の部分鎧の女戦士だけは、所在なさ気に、うなじ辺りを掻きながら
「う、うん、そうだね。コレってさ……メッチャクチャアンタに瓜二つだねー。うんうん、メデタシ!メデタシ!
んじゃま、アタシたち普段は仲間同士だけど、早速、サクーッと殺り合うとすっかねー?」
なんと、この旅にてマリーナは、"気遣い"というクラス違いの大技を会得していたのであった。
さて、盤上ではミニチュアマリーナのグレートソードの抜刀が済み、それに呼応するようにして、カミラーの理想形がエストックを細身の鞘(さや)から引き抜いた。
そして、このジオラマ荒野には、かりそめの疑似生命体とはいえ、そのどちらかの死をもってでしか終結・決着としない、冷酷なる大決闘譜に相応しい、乾いた風が茫々(ぼうぼう)と吹きすさび、美しき女剣闘士達の美髪を靡(なび)かせた。
対戦席の幼児体型のカミラーは、気の抜けたような顔でそれを見下ろして
「この決闘。実につまらぬ展開となりそうじゃな。
この細剣の代理格闘戦士が姿形のみならず、戦闘能力もわらわの分身であらば、正しく神速で駆け、目にも止まらぬ速度でもって剣を振るうであろう。
そうなれば、少々腕が立つとはいえ、ひとつの魔法も使えず、至極まともな野良(のら)の介錯(かいしゃく)剣術しか能のない無駄乳の剣士は、即座に心の臓・眉間とを貫かれ、瞬く間に絶命し、それで仕舞いじゃでな」
女児的な美貌を斜(はす)に構えて、マリーナとその分身とを文字通り見下(みくだ)した。
これにはマリーナも眉根を寄せて困惑し
「んー。ヤッパそうなっちゃうだろねぇ。
こういうチャンバラ対決ならさ、アンタの本気の超スピードは無敵だろうねー。
さぁーて、どうしたもんかねぇ?」
伸縮性のある紐(ひも)の眼帯を引っ張って放し、ペチッと鳴らした。
"吸われ"ではなく、純粋なバンパイアのみが保持し得意とする、まるで時間でも止めて、その中を自在に駆けるような、超絶的な瞬間加速能力への対抗策を考えあぐねている間にも、無情にも刻は進む。
盤上のカミラーの理想形は、純白の睫(まつ)毛をはためかせ、燃えるような真紅の瞳を半眼にし、音もなくエストックを後方に引いて、八相(はっそう)構えにして、その切っ先を前へと倒し、飛び掛かるタイミングを図っていた。
ミニチュアマリーナは、その構えから鋭い視線を離さず
「んー?この女ってそんなに速いのかい?
ちょっと綺麗な顔してるってだけで、そこらの金持ちンとこの箱入りお嬢様って感じしかしないンだけどー?
ま、ちょっと速かろうが、すばしっこかろーが、結局やるこたぁ一緒でしよ?
ならさ、テキトーにやっちまうよ?」
甲高い声で上空の同じ顔に向けて言った。
その無策この上ない、危険過ぎる安直さ・適当さ加減に、智将のシャンが思わず制止をかけようとした、が。
「うん。多分、ちょっとワケ分かんない位に死ぬほど速いだろーけど、アタシ、いやアンタなら何とかなんでしょ?
あっ!来るよ!」
なんと、このベンチの監督も選手と同じノリであった。
その喚起の声に牽(ひ)かれるようにして、カミラーの理想形が倒れるような前傾姿勢となって、突如、加速に入り、その美影はブレて盤上から消え失せた。
それを認め、大剣を正面に立てて、正眼構えにしていたマリーナの分身は、なんとそのサファイアの左目を閉じたのである。
ズガンッ!!
突如、鋼を打つような大きな音。
見れば、ミニチュアマリーナが左手でルーンブレイドを自らの左肩に担ぐようにして立っており、その鋼剣の腹(両刃の間、平たい部分)を後頭部にかざしていた。
そこに忽然(こつぜん)と出現したピンクの盛り髪の女剣士が、神速でエストックを突き出して、ミニチュアマリーナのそこ、盆の窪(くぼ)を貫(つらぬ)かんと刺突撃を放っていたのだが、分厚い剛刀を盾とされ、それは見事に弾かれていたのである。
なんと、ミニチュアマリーナは、超スピードの世界に消えたカミラーの理想形を肉の眼ではなく、流れる気配とその殺気の向きだけで見事、捕捉(ほそく)し、その亜光速の初弾を完璧に受けきって見せたのである。
冷眼(れいがん)を細めてグラスを置くドラクロワ、シャン、それからアンとビス等を除くギャラリー達は唖然とし、眼前の盤上で一体何が起きたのか把握し切れてはいなかった。
カミラーは剛胆な笑みを浮かべ
「フフフ……やるのう!やるのう!無駄乳よー!そうでなくてはつまらんわ!!
くほぅっ!生まれついての武士(もののふ)のわらわの血が逆(さか)流れに沸き立ちよるわ!!
では、大いに死合おうぞ!!」
マリーナもそれに莞爾(かんじ)と笑い
「アハッ!いいね!いいねー!アタシャなんだか鳥肌が立っちまったよー。
アッハハハ!コリャ愉(たんの)しいねぇー!
さっ!ちっこいアタシ!そこのお嬢ちゃんはスッゴい速さで、しかも遠慮なく急所を狙って来たでしょ?
カワイソーだけど、ここは殺(や)るしかないみたいだねぇ!?」
ミニチュアマリーナもそっくりに笑い
「うんうん、よく分かったよ。
でもさー、この娘ってば、どーにもなんないほどの速さでもないねぇ?
アッハハハッ!」
その笑いに応えるようにして、盤上のカミラーの未来像は、またもや消失したのである。
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