95話 ライカン格差
日焼けした身体に深紅の部分鎧を纏(まと)った、金髪碧眼(きんぱつへきがん)に十二等身と、実に分りやすい美人女戦士は、地下の大掛かりな仕掛けにて、武器屋全体を揺らしつつ、ゴゴゴ……ゴゴンドンッ!ゴゴンドンッ!と鈍い音を響かせ、徐々に床へと沈んでゆく商品展示用のガラスケース群を見守りつつ
「おやおや、ここはもう閉店かい?折角のお宝武器ちゃん達、もー少し眺めてたかったけど仕方ないねぇ」
と口先だけはさも残念そうに言い、不敵な顔で勇ましく微笑むと、首と手指の関節とを、バキボキと鳴らした。
急速に真下へと隠れてゆく武器ケース群は、すでに床下の空間へと完全に没し、そのガラスの天板の上には、横からスライドして来た鋼鉄の板が被(かぶ)さり、この武器屋は壁展示のみの殺風景な店へと様変わりし、毛足の短い絨毯の点在する、だだっ広い空間となった。
背の高い鎖帷子(くさりかたびら)の店主は会計箱の上、そこの柱に設置された操作パネルの蓋を太い指で弾いて閉じ、のっそりとこちらに向き直り、茶色のモジャモジャ頭に、等間隔に棘(とげ)の立った鋼のリストを巻いた手の分厚い掌を突っ込み、ガリガリと掻き回しつつ
「んま、そういうこった。こんななーんもねぇ田舎町に何しに来たかは知らねぇが、大人しく装備を脱いで、そこの角に固めて、壁に手をついて万歳すりゃあ、命までは取らねぇでやる。
あぁ、でもテメー等は中々、いやいやとびっきりの上玉だから、ふん縛(じば)って地下に転がしといて、いつもの奴隷商の奴等にまとめて売っちまうかなぁ?
いやぁー、ヤッパ武器屋丸儲けってのは止めらんねぇな、おい?」
左右の脇に居並ぶ、五名の盗賊(冒険者職の一つ)崩れみたいな、ゴロツキレザーアーマー達に同意を求めた。
それを聴いていた女勇者達はお互いに顔を見合わせ、この客の身ぐるみを剥ぎ取ろうとする、前代未聞の蟻地獄ならぬ冒険者地獄みたいな、強盗武器屋の店主の髭面を睨んだ。
そして、それらの中でも一番小さな女が、ねじくれた木製の杖の先に大きなルビーの穿(うが)たれた、実に絶巧な造りの魔法杖を床に突き、細い腰に反対の手を置いて、サフラン色のミニスカローブで仁王立ちにて憤然とし
「ちょっと!なんなんですかあなた達は!?
客を店に閉じ込めて装備を丸ごと強奪しようなんて、私、こんな出鱈目(デタラメ)な店は初めてです!
こんなことは断じて許されていい訳がありません!
即刻、大陸商人ギルドに訴えます!ひとまずこの町の自警団さん達を呼びますから、そこを開けて下さい!」
至極最(もっと)もな事を、青臭い義憤をもって展開した。
それを聴いて「オホッ!」と嘲笑(あざわら)う六人の田舎悪党達。
そのリーダーらしき巨漢店主は、フガッとイボだらけの大きな赤鼻を鳴らし
「テメーはバカか?そんなこと言って、俺達が"じゃあどうぞっ"てな具合に道を開けるとでも思ってんのか?
大体、俺達ゃ高く値が付きそうな、良いものを持ってる奴等しか狙わねぇし、そう簡単にゃあ商工ギルドなんかに尻尾を掴ませねぇよ!
なにせ俺達に武器をくれた優しーい冒険者さん達は売っちまうか、袋叩きにして荒野に埋めるか、さもなきゃ小間切れにして犬の餌だったからな。
それにこのダスクの自警団はここに居る五人だ。
だから万が一、外に出られて助けを呼べたとしても、この町じゃあ誰もなーんもしてくれやしねぇよ。
まぁ大人しくした方が要らぬケガをこさえなくて利口ってモンだぜ?」
店主が長い茶髭の顎をしゃくると、五名の悪徳自警団員達は、揃ってダガー(大型ナイフ)を抜いた。
シャンが、当然、この展開に得心がいかないとばかりに小首を傾げて
「貴様等。武装はしていても、女相手なら何とかなると思っているようだが、大事な事を忘れてるぞ?
ここにおわす白い甲冑の御方をどなたと心得るー。
この御方こそは伝説の光の勇者、あの聖都ワイラーを救った、ドラクロア様なるぞー。
ではドラクロア様。今こそ、免許皆伝のその誉れ高き御武勇をお示し下さーい」
余りに酷い棒読み調ではあるが、多少芝居がかって真面目ぶった口調でもって、白い装備の団子ッ鼻の勇者を指した。
これを聴いた店主も自警団も一瞬固まり、その刹那、ブフォッと皆で吹き出した。
所々オレンジ色にくすんだ赤い布で、口と鼻とを覆った自警団の一人がせせら笑い
「っへぇー、そこの橋を渡った先のオンボロ教会んトコの小倅(こせがれ)が、あの伝説の光の勇者様だったとはなぁ。ひゃー、こーりゃ初耳だぜー。
おい、ラタトゥイユ!いつもの下らねぇ勇者ゴッコはその辺にしてコッチ来い!
ったく、流石に近所の寺の息子にゃ手は出さねぇからよ!
勇者ゴッコの仲間欲しさに武器屋、鎧屋をチョロチョロとしやがって!前からここへは顔出すなっつったろ?このタコ!」
手招きされた"ドラクロア"を名乗っていた、紛れもなくこの町の生まれであるラタトゥイユ青年は、人目もはばからず、シクシクうえーんとベソをかいていたが、しゃくれた顎をもっと歪(いびつ)にしゃくり
「カイラルおじさん……。も、もうこんなことは止めてよー。
大体この人達、格別に何にもしてないじゃないかー!
お願いだから酷いことはしないであげて……」
近所の知り合いの人身売買・強盗殺人を生業(なりわい)とする、血も涙もない弩外道(どげどう)おじさんに、必死で勇気を振り絞り、何とか女勇者達を見逃してくれるよう懇願したのである。
なるほど確かに、この青年、ある意味勇者である。
少し前に出た、お澄まし顔のビスが困ったようにタメ息を吐き
「やれやれ、やはり貴方は偽勇者だったのですね。
しかも、類い稀なる聖なる光属性を騙(かた)る者が、選(よ)りにも選(よ)って教会の息子とは……ほとほと呆れるしかありませんわ。まさに世も末、ですわね。
シャン様、ここは我等双子姉妹にお任せ下さい。この程度の小悪党に伝説の光の勇者様のお手を煩(わずら)わせる訳には参りませんから」
そう言って、深紫のプロテクターじみた襟の高いレザーアーマーの女に向かって、カチューシャと犬耳頭を深々と下げた。
シャンは上質のトパーズを想わせる瞳の目をふせて「そうか。では任せる」と短く言って、悪漢退治を狼犬のライカンスロープの姉妹に委ねた。
ユリアとマリーナも目を合わせ、肩をすくめて、素直にそれに賛同し、一先ず店の奥に退(さが)ることにした。
マリーナはドラクロア改め、泣き虫ラタトゥイユとなった青年の襟の後ろを掴んで、そこへと引きずるようにして連行する。
「痛たたた!!えっ?えっ!?ちょっと待って!ちょっと待って!もしかしてあのお二人さん、カイラルおじさん達と戦うつもりなのかい!?
それだけは格別に止めといた方が良い!なんたって、あのおじさん達は皆ライカンなんだ!
女の娘二人なんかじゃ絶!対!格別に勝ち目なんかないって!」
マリーナの剛力で引きずられるのを純白の踵(かかと)で必死に抵抗しつつ忠告した。
この発言に「はぁっ!?なんだい?そのロリコンってのは?」とマリーナは聞き返し、ユリアは両眉を上げて、パァッと目を輝かせ、シャンは「何ぃ?」と眉根を寄せた。
以前にも記述したが、この星に生きる"ライカンスロープ"とは、人から完全な獣の姿、もしくは二足歩行の半獣人に変身できる戦闘的種族の総称であり、それ等は皆、上記の変身を遂げることにより、人間を越えた恐るべき身体能力を発揮出来るのであった。
このライカンスロープには、自ずと種族別に強さの序列というもが存在しており、シャンの里の幻の銀狼一族を揺るぎなき頂点として、狼、狼犬、熊、獅子と、どう逆立ちしても決して引っくり返すことの出来ない、純粋・単純にその性能差に基づく"越えられない壁"というものがあった。
さて、この邪に染まった自警団の悪漢等はそれの何に属するのであろうか?
女勇者達はラタトゥイユの次の言葉を待った。
果たして、その美しさの欠片もない、突き出た分厚い唇が、餌を飲み込んでは吐き出し、また水ごとそれを飲み込んでは吐き出してを延々と繰り返すような、そんな金魚のごとくに蠢(うごめ)いた。
「なんと!お、おじさん達は皆、ワーラット(ねずみ男)なんだ!」
ラタトゥイユはこれぞ絶望とばかりに、ワッと泣き出した。
シャンは腕を組んで、小汚く姿勢の悪い男達を見据え
「何だ。ワーラットといえば、少しばかり素早いだけの脆弱で、身体損傷への高速治癒能力(ヒーリングファクター)さえ持ち合わせていない、これといって取り柄のない、殆ど人間みたいな種族じゃあないか。
なら、アンとビスに敵う訳はないさ。
まさか古代の闇から闇に繰り広げられた、バンパイアとの激しい闘いの末、この地に落ち延びた、はぐれ狼等ではなかろうなと一瞬思たが、よもや鼠(ねずみ)のお出ましとはな。
だが中々どうして、存外、この陰気な町のケチな盗賊としては相応しいのかも知れんな」
別段、侮(あなど)る訳でも、侮蔑(ぶべつ)する風でもなく、ただ事実だけを挙げ連ねて述べる女アサシンだった。
しかし、この歯に衣着せぬ解説に悪漢達は激怒し、一斉に惜し気もなく獣人化を見せた。
先ず、揃って口元の覆いを剥ぎ取るや、無精髭の生えた口腔をいっぱいに開き、ガチッと真っ黄色な歯列を食い縛って剥き出すと、その歯茎が前方に、ムリムリッと競り出して来て、捲(まく)れ上がった口唇を遥か後ろに、突(つ)っ張った歯肉の膜は破れ果て、尖った白骨の鼻面が約30㎝も伸びて皮膚から突出し、そこの先でやはり黄色く四角い長々とした前歯を打ち鳴らしたのである。
その放射線的な星形黒目の灰色の目の顔面、それからレザーアーマーから出た腕の体表には灰色の剛毛が覆い、その手先は細く伸びつつも透けるようなピンク色に変わって行く。
そうして、伸びた鼻面と下顎の骨とが剥き出しになった、ちっとも可愛げのない、おぞましきねずみ男達が六匹、飾り気のないダガーを片手に、パンパンに膨らんだズボンの腿(もも)の下、ブカブカになったクシャクシャブーツを脱ぎ捨てつつ、チキッー!と威嚇の声を放ちながらアンとビスに迫った。
それに対して、この犬耳の双子は獣人深化も見せず、呆れ顔で鋼の六角棒を風車のごとく回し、お互いの距離を離した。
六匹のワーラット達は骨の口から涎(よだれ)を滴(たらし)つつ、恐るべき跳躍力で一瞬で距離を詰め、すらりとしたメイド服の二人に襲いかかって来た。
だが、双子姉妹は事前に小声で唱えていた神聖魔法にて、その強度と攻撃力を大いに増した、仄(ほの)かに蒼白く輝く、直径50㎜の長大な六匹棒で、才気に満ちた使い手の30年近い修行の成果である、マシンガンのごとき乱突きで、瞬く間に汚らわしきねずみ男達の気味の悪いピンクのゴムみたいな手を打ち、錆びたダガーを弾き落とし、剥き出しになった膝、脛(すね)、足の甲とを次々に粉砕し、堪らず腹這いになったところへ、齧歯類(げつしるい)特有の盛り上がった額を、ゴッ!ゴッ!と的確に撃ち抜いてゆく。
こうして六匹の強欲なる悪辣な暴漢達は、煩悩の数だけ打たれる鐘のごとく、重い鋼の連打を浴びせられ、悲鳴を上げて昏倒した。
アンとビスは一応、彼等の命に届くまでには鋼の六角弾頭を突き入れず、僅かに前に出た、褐色と雪色の愛らしい顔を加虐的なお澄まし顔にし、灰銀のミニスカートの縁を持って僅かに膝を曲げ、慇懃に頭を垂れたのであった。
女勇者達は二人のその水際立った、円熟・卓越し切った、恐るべき棍術の腕前に惜しみ無い拍手を送った。
ラタトゥイユは、自らの予想を大きく覆す、この余りに一方的な闘いの決着に目を白黒させ
「えっ!?も、もしかして、カイラルおじさん達って、やられ、ちゃったー!?
へぇ!?もう終わったの?あの娘達は一体何者なんだい!?格別に凄いよー!」
青年は倒れ伏したワーラット達に共感覚的・同調するように額を押さえて驚愕し、その腫れぼったい瞼(まぶた)の奥の瞳は、すらりとした白タイツの太ももの伸びる、アンとビスの純白のブルマーへと釘付けとなった。
ユリアは万歳して二人に飛び掛かり
「スッゴいスッゴい!!以前にドラクロワさんからお二人は狼犬のライカンさんであり、強いぞ、と聴いてはいましたが、五人のワーラット達を相手に、なんにもさせずに、それこそ、あっという間にやっつけちゃうだなんてー!
アンさん!ビスさん!本当にお疲れ様ですー!」
双子は抱きすくめられる前に、音もなく分かれ、シャンの背後へと移動した。
ユリアは虚空を抱き締め「アレッ?」と振り向いたが、シャンの影に隠れるアンとビスの済まなさそうな顔を認め、直ぐにそこ、新たな珍物件である、床に転がる醜怪なマウス達を観察することにした。
マリーナはアンに近付き、その六角棒を握らせて貰い、それを少し回して、ドン!と床を突いて
「へぇー。うん、コレって結構重いんだねぇ。
しっかし、よーくこれであんな精確な突きを打てるねー。
アハハッ!アンタ達やるねぇー!ホントスゴいもんだよー!
で、偽勇者さん?」
と、ボウッと六角棒を振るい、その先をラタトゥイユの純白の左の肩当てに載せた。
「ひっ!ななな、なんでしょう?」
教会の息子は青くなって、ガタガタと震えだした。
マリーナはその肩上で鋼の棍をゴロッゴロッと転がし
「あのねぇ。アンタさぁ?勇者に憧れんのは勝手だけどさー、自分の部屋の外ではあんまやらない方が良いよ?
光の勇者と聴いて皆が誉めてくれる訳じゃないんだよ?中には絡んでくる悪い奴等も居るんだからね?」
女戦士は鋼の棍で青年の脳天を軽く、コツンと叩く。
「あ痛っ!!わ、分かりましたー!もう金輪際、格別にこんな事は止めにします!もう二度としません!七大女神様達に誓って約束します!
あの……それより、格別なお詫びと言っては何ですけど、近くの酒場で一杯ご馳走させて下さいー。
エヘッ!そこでは格別に面白い遊戯(ゲーム)が流行ってて、なんと僕はそこの酒場では格別一位のチャンピオンなんです!」
涙の滲(にじ)んだ反省顔は瞬時に一変して、とても得意気になり、明るく元気ハツラツとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます