75話 各々の怒り

 女勇者達の突然の口上と名乗り上げに、複製人間(クローン)か、十人兄弟のごとく姿形の酷似した、長い顎髭を蓄えた上級老神官達は、一斉に高みに座した、奥の若草色の法衣、仮面の聖女を振り仰いだ。


 その20個の老いて、白っぽくどんよりと濁った瞳達の先、現人神・聖女コーサは、彼等のように驚くことも、少しも取り乱すことなく、金色のボクサーグローブのような、金糸編みのクッションの固定された肘置きに、優雅に若々しい華奢(きゃしゃ)な肘をつき

 「なんと、我が子達を殺害した忌々(いまいま)しき者の名は"ドラクロワ"と申すのですか……。

 偶然とはいえ、なんと畏(おそ)れ多い名前でしょう……。

 いえ、それはさておき、あなた達。わざわざこちらから探さずとも、夏の夜の羽虫のごとく勝手に飛び込んで参りましたか。

 これは探す手間が省けましたね。

 ここまでやって来た矮小な羽虫等は、この特別聖教街区の平穏を掻き乱した罪を、その命をもって償いたいと、そういう事ですね?

 リウゴウ、ガラサンタ、レイバラ、あなた達が手引きしたのですね?

 どうやら、私への反逆はそのまま死に繋がるのも覚悟の上のようですね……今度こそは肉の体を奪われる程度では済みませんよ?」

 

 その、うら若き乙女の発するべき、生命力に充ち満ちた声音は、それに全く似つかわしくない、恐るべき毒気と威圧感との二色(ふたしょく)に染まっていた。

 

 その毒ガスのごとき、極めて剣呑(けんのん)な殺気の噴出に、艶(つや)あり桜色の地に金の美麗な浮き彫り装飾の施された、絢爛華麗(けんらんかれい)な甲冑の女バンパイアが、溢(あふ)れるようなゴージャスなピンクの盛り髪を揺らし、その小さな鼻を鳴らして

 「フン、笑わせるな。圧政に対し、自らの足で立ち上がらぬ、身も心も弱き、脆(もろ)い人間達がどうなろうと構わんが、貴様も力による支配を敷(し)く者ならば、コソコソと不細工な張りぼて正義を取り繕(つくろ)うでないわ!

 あえて弱き階層を作り、日々それを慰みものにして弄ぶなど、端からみても吐き気がするわい!

 一国の支配者として立つならば、最低限、臣民を世話し、己の目指す理想国家へ向けて一糸綻(いっしほころ)ぶことなく、一直線に導かぬか!」

 

 この正義とはかなりズレた、魔王を心酔・崇拝する元魔戦将軍の抱く君主観へ、思わずユリアがつっこむ。


 「カ、カミラーさん?何を言ってるんですか!?

 そんな胸はって、弱い人間がどうなろうと構わぬ!とか言っちゃダメですよー!

 私達は悪と闇を払いし、愛と正義の伝説の光の勇者団なんですから、そんな世紀末覇王みたいに、カミラーさんなりの独特な思想で戦わないで下さい!」

 その発言には、ユリアの生真面目な性格が如実(にょじつ)に現れていた。 

 

 流石は"ユリア"といったところか。


 カミラーは、そのユリアを横目で、ジロリ

 「うるさいタレ目、低知能、三つ編み。

 黒王アレイスターで踏み潰すぞ?」


 ユリアは、焼いた餅のごとく頬を膨らませ

 「ちょっ、カミラーさん!?タレ目と低知能は分かりますけど、三つ編みは関係ないでしょ!?三つ編みは!」


 コーサは呆れたように、僅(わず)かに黄金仮面を横に振り

 「あなた達のような、施(ほどこ)しや称賛欲しさに光の勇者の名を騙(かた)るような、強盗紛(ごうとうまが)いの偽勇者達の言葉に貸す耳はありません。

 そんなことより、速やかにあなた達の処刑を執り行いましょう。

 私の絶大なる、皆が"古代魔法"と称するもので、その処理をするのは簡単ですが、それでは我が子ラアゴウ達を失った、この私の気が済みません」


 ここで聖女は、少年のような、なだらかな胸元で両掌を合わせて、そのまま五指を開き

 「悦びなさい。これからあなた達には一人一人、最大限の絶望と激しい苦痛とを、狂い死ぬ寸前まで存分に味わってもらいます。

 私は預言者コーサ。一度行うと言ったことは必ず実現させます。

 とりもなおさず、それはあなた達の公開処刑も同じです。

 それでは、先ずは、その下準備から取り掛かりましょう。

 アロサス!魔眼となってこの場を空に描きなさい!」

 聖女は一番手近な、枯れ木のように痩せた老神官へと呼び掛けた。


 その僧服の老人は「はっ!」と短く答え。

 直ちに魔法語を唱え始め、忽(たちま)ち一杯に見開いた目を桃色に輝かせた。


 そして、大きな金魚鉢でも抱えるように、天井へと杖を左手に両の手を広げると、その両掌とその間からは、眩(まばゆ)い桃色の光が燦然(さんぜん)と迸(ほとばし)った。

 

 すわ攻撃呪文か?と、女勇者達が各々の武器を構えた。


 だが、その光の奔流は、つまむと厚みを感じられるのではないか?と、思わずそう錯覚しそうなほどに、くっきりと凝縮された光の扇型となって、女勇者達とは無関係の老神官アロサスの頭上、神殿の天井へと吸い込まれた。


 ここ大神殿の内側からは見えないが、それは大神殿の岩石の厚い屋根を透過し、瞳輝ける老アロサスの両目と同じ色の光の扇型をダイナミックに拡大させつつ、ヒュンヒュンと回転を始め、それは次第に光の漏斗になりつつ波打ち、聖都中央区、この巨大なピラミッドの上空へ巨大な光のすり鉢型となって、うねりつつ輝いた。


 その朝の光にも負けないほど強烈な、光の超巨大メガホンのような、桃色の筒のごとき物の中から、キラキラヌラヌラと流体金属の輝きが回転しながら、排出されるように浮かび上がってきた。

 

 桃色の光の産道が産んだそれは、巨大な鏡を張り合わせて造ったような、サイコロのごとき完全な正六面体であった。


 なんとそれは、大きさでは直下のピラミッドの5倍ほどはあり、その各々の銀面は聖都を反射させるのではなく、一つの同じ映像、この事態を把握出来ず、訝しげな顔で老神官アロサスを見つめる美しい女勇者達が、一切の歪みなく、実に鮮明に映し出されていた。


 その様は、まるで次元壁を破って、天空から巨大な女悪魔達が地上に生きる我々を睥睨しているかのようだった。


 その巨大物質は、徐々に緩やかだった回転運動を止めて、天空にピタリと固定された。

 

 その全ての面がモニターであるかのような、謎の巨大六面映像物体は、時折、映像の一瞬の暗転・復帰をしていることから、どうやら瞬(まばた)きをするアロサスの見る視界・視野をアウトプットしているようだった。


 その解像度は信じられないほどに高く、尚且(なおか)つ僅かな遅延(ちえん)もなく、これから大神殿"王の間"で行われる、聖女と女勇者達との戦いを、この聖都のどこからでも恐ろしくつぶさに、かつ克明に観戦出来るように想わせた。


 さて、この水銀が形をなしたような、継ぎ目のない滑らかな立体巨大スクリーンに、今度は金仮面の女が映し出され

 「おはよう、我が子達。私は大神殿の預言者コーサ=クイーンです。

 聖都に住まう信徒と巡礼者の全ては、俗なることも祈りも止め、聖典を片手に、これより行われる死の裁きに刮目(かつもく)しなさい。

 私は今から、魔の手先である偽勇者達の処刑を開始します。

 全ての生けるものはこれを決して見逃さず、七大女神様達に聖別・聖化されし、この私に弓を引く、邪悪で愚かなる者等の末路を、その両の目に焼き付け、心に刻むのです!!」 

 どういう仕組みか、その映像には直下の街を振動させるような、まるで万雷のごとき音声が付いていた。


 これには聖都中の住民が驚愕・仰天し、老いも若きも皆が揃って、あっと口を開いて、わざわざコーサに言われなくとも、天高く掲げられた巨大な立方体スクリーンを見上げるしかなかった。


 地下から這い出し、白亜の鐘楼(しょうろう)のごとき壮麗な建築物、ワイラー魔術師ギルドから出て、大神殿へと向かおうとしていた、妖美なる魔導師ロマノと魔王ドラクロワも、巨像恐怖症の者なら卒倒必至の天空スクリーンを仰いでいた。

 

 ロマノは、光沢のある黒と紫の縦縞のマントから白い腕を抜き

 「ドラクロワ様!御覧ください!あれです!あれなる仮面の女が、私が二十年前に射殺(いころ)したコーサです!」

 天空の悪夢のような立方体を指差した。


 ドラクロワは朝陽にも輝くような、白き美しい渋面で、処刑の宣告を終えたコーサから、今度は切り替わるように女勇者達を映し出す大画面を見上げ

 「くっ!!なんという、ことだ!」

 と苦鳴にも似た声を漏らした。


 ロマノは、ギョッとして魔王を振り返り

 「いかがなされました?正か、正かあのコーサめの仮面に見覚えでもおありですか?」

 

 魔王は、肩を通り過ぎ、背後の肩甲骨まで覆うバイオレットカラーの長い髪、それが左右に別れた白い額に縦皺を寄せ

 「またもやあの者共……。主人公の俺を差し置いて、あのように目立ちおって……。

 許せん!!ロマノよ、駆けるぞ!最短の道程(みちのり)で大神殿へと案内(あない)しろ!」


 この魔王の苦悩が分からぬロマノは

 「は、はぁ。かしこまりましてございます……」

 と、無駄に佳い声で、気の抜けたように応えた。 

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