23話 軟体天使

 小柄な全身黒包帯のタマルは、フリルのブルマを見上げ、木剣を逆手に握って大きく振りかぶり、下降してくるアンをすくい上げるように打とうとした。


 が、咄嗟にアンとビスはお互いのヒールの裏を蹴り合い、空中で左右に別れ、迎撃の木の刃を空振りさせた。


 観客等は美しい双子の瞬時の判断と華麗な着地に、あっと驚き、そして安堵の声を上げた。


 一瞬の攻防と展開に、やっと頭が追い付いた者は

 「流石はアンとビス!これだこれ!」

 と夢中で手を叩く。


 褐色の姉、美しいビスが着地の屈んだ姿勢からすっくと立ち上がり、前に伸びた取り澄ました顔で

 「あなた達。猫かぶってたのね。本当は去年と変わらず速いのね、」


 ゴンッ!!


 アデスが空気を読まず、鹵獲(ろかく)した棍でビスを打ったが、鳴ったのは白い石の地面だった。


 ビスが衝突の脇で

 「ちょっと。まだ話してるんだけど?」

 正にアデスの横槍に不満をありありとさせる。


 その時。


 「すばしっこい……な」

 不意に、キュルキュルと所々裏返ったような不気味な女の声がした。


 アンもハッと長身の黒包帯女を見る。


 不快な声は確かにアデスから聞こえたからだ。


 包帯の長身女は自分の頭、その艶のないザンバラ髪を無造作に掴んだかと思うと、ズルッとむしり取り、足下に放った。

 どうやら漆黒の長い頭髪はウィッグだったようだ。 


 次いで縦横無尽に顔に巻いた黒い包帯も下へ、その首までずり下ろした。


 自ら露にしたその顔の肌はネズミ色で、骨格から見るに、額と目の周りから感じる印象は確かに女。の顔であった。

 だが、アデスという人間の顔ではなかった。

 

 いや、人間どころか獣人でもない。


 その鼻から下は、左右に喉までパックリと開いており、そこから20㎝ほどのタコかイカのような触手が人間の歯の数ほど露出し、ゴワゴワとヌメりながらうねっていたのだ。


 それが見えた観客等が悲鳴を上げる。


 アデスになり代わっていた者は、まばたきを数度し、白眼のない、全てが黒の瞳を群衆に向け

 「人間等よ聞け!我々は神の使いである。主はこの星にご帰還なされた。

 魔王も失脚した今、主はこの星の真の支配者として、これより人間達にも統治を回復させられることとなった!」

 やはり耳障りな女の裏声で自己紹介をした。


 観客等は当然混乱し、騒然となる。


 ビスが触手が蠢く、おぞましい顔を指差し

 「神の使いだと?ふざけるな!

 本物のアデスはどこにいる?」

  アンとビスは過去の優勝祝典でアデスの顔を見て知っていた。


 神の使いを名乗る者は、感情の読み取れない無機質な顔で

 「もう一度言う。我は神の使い。お前達が邪神と呼ぶところの兵士だ。

 この黒い帯の女は殺して埋めた。

 そんなことよりお前達は自分の運命を心配しろ」

 その声は大陸の共通語を無理矢理に動物に話させたように、不自然な響きで気味が悪く、聞く者全てに嫌悪感を抱かせた。


 そのおぞましさに、舞台のかぶり付きの観客が騒ぎながら身を引いた。



 アンは鼻を鳴らして

 「ふん!笑わせるな!その邪神の使いが祭りの試合に出てなんとする!?

 目的は何だ?趣味の悪い作り物の顔を着けての悪戯ならこの辺で止めておけ!」


 小柄なマルタに扮していた者も、長い髪をゴミのように舞台へ落とし、黒い帯の顔をゴソゴソとまさぐって

 「悪戯?ギヒヒ……分からん奴だ。我等の主は無駄なことはお嫌いだ。

 これより神の強大さと偉大さをお前達人間に覚えさせるため、我等二人でこの街の人間を滅ぼす。

 逃げる者も、老人も、乳飲み子も逃さん」

 こちらも触手の顔で、引っくり返った声を出し、手の木剣をバキボリと握り潰した。


 観客は急展開に半分が困惑、半分が戦慄していた。

 

 が、逃げ出す者は誰一人いなかった。


 何故なら、彼等の英雄、アンとビスが美しくも不敵な顔で舞台に屹立していたからだ。

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