14話 子供はマネしちゃダメ
朝になり、一階の酒場は主に泊まり客用の朝食提供の食堂となる。
窓からは朝の陽とレースのカーテンを揺らす、春の萌える薫りの風が入って来た。
皆、旅支度を調えており、思い思いの朝食を摂っている。
ユリアは皆に牛乳を注いでやりながら
「ドラクロワさん、今日も朝から葡萄酒ですね。ホントに葡萄が好きなんですね」
ドラクロワは既に三本目の瓶を逆さにしていた。
シャンは大きな干し魚を、骨と身とにきれいに解体しながら
「そういえば、ドラクロワがそれ以外を口にしているのを見たことがないな」
マリーナは木製のボウルにいっぱいのシリアルへ、ユリアから牛乳を注いでもらいながら
「家の親父もそうだったね。強い男は酒と肉ばっかさ。丸でドワーフみたいなもんだったよ。
あっ、ドワーフって言えばさー、昨日の話、レジェンダリーシリーズだけど。
カミラー、アタシ達とりあえずどこ目指して出発すんだい?」
ハーブティーとシフォンケーキのバンパイアは
「まずは大陸南部の漁師町へ向かう。そこで船を借り、そのまま更に南下してある島へ行く」
ユリアは牛乳のデキャンタを畳んだ台拭きの上に戻し
「漁師町って言えば、もしかしてカイリですか?」
バンパイアは白い花柄の急須を傾けながら
「そうじゃ」
シャンはフォークでなく、二本の細い棒で器用に魚をさばいていたが
「カイリなら私の郷里だ。あの町は漁師町と呼べなくもないが、知られた主な顔は海賊だらけの港町、だぞ?
海賊船団を率いるキャプテンは魔戦将軍のドレイクで、はっ!もしや!?」
カミラーはうなずき
「ドレイクは昔、お父様の部下で、この星の殆どの海域を知り尽くしておるでな。
奴に船を出させ、深海の穢れ神殿に向かうつもりじゃ」
ドラクロワは窓の朝陽に眼を細め
「ドレイクか……。益々面倒臭そうだな。
ヤツは魔戦将軍の中でも良く言って、自由を愛する海の男。悪く言えば、統制のとれない自分勝手なクズと聞く。
ただし海上戦では無類の強さを発揮し、ヤツの一族は独自の造船技術を発展させ、その船は深海に潜水することすらも可能らしい。
ただ元来、海賊という輩は何より命令される事を嫌い、問題行動も多い。
一筋縄では行か……。いや、ギルドかどこかで聞いた話だ」
唖然とする女勇者達三人の顔を見て、取って付けたように噂で聴いた事にした。
マリーナは深紅の上腕を組んで、うなずき
「さっすがドラクロワだね!何でもよく知ってるよー」
ユリアも半熟の目玉焼きの黄身をフォークの先でプシッと破裂させ
「博識ですよねードラクロワさん。魔法ギルドの書士先生みたいですー」
シャンも持参した大豆由来の調味料の黒い汁を魚のほぐした身に滴ながら
「ドラクロワ、お前は一体何処の出身だ?ドレイクの事を私よりも遥かに深く知っているとは……。
全く。お前には驚かされるばかりだ」
カミラーも「当然じゃ」と首肯し、ピンクのバネみたいなカールヘアを伸び縮みさせた。
ドラクロワは緑の瓶をドンとテーブルにつき
「フハハハハ!そうかそうか!驚いたか!?
うんうん!まぁ何か分からん事があったら何でも聞きなさい!この世に俺が知らんことなどないのだからな!!フハハハハ!
さぁーて、そろそろ行くか!」
(コイツら朝からバカだなー)
立って禍々しいデザインの鎧を鳴らし、暗黒色の天鵞絨マントを翻した。
ドラクロワの度を超えた大盤振る舞いに、宿屋の親父は従業員総出で見送りをさせるのみならず、勇者等五人にそれぞれ土産まで持たせた。
そのうちの、トラン名物『バンパイア姫』という焼き菓子の箱の包装には、真紅の裸体に虎縞、長い舌を喉までくねり垂らした、牙を剥く恐ろしい顔の鬼女が描かれていた。
シャンはマスクを波立たせ
「中々よく描けてるな」
ユリアはただの絵なのに、それを恐る恐る眺め
「うわっ恐い!んー。村の方達はきっと本人を見たことがないのでしょうね」
マリーナは一瞥するや、鼻を鳴らし
「本物はこんなに胸はないね」
カミラーは不愉快そうに自分にも配られた名物を見ていたが、最後ので目じりを吊り上げ、小さな姿をボッと消すと、光属性の長身美女の体が大電流に触れた如く、棒のように伸び、その金髪が逆立った。
一行は、カミラー所有の疲れも渇きも知らぬ、漆黒の甲冑を着込ませたアンデッドホース四頭の引く、これまた黒塗りの禍々しい装飾が印象的過ぎる、列車の車両一つ分程もある長く、巨大な馬車に乗り込んだ。
鉄の車輪が荒野に砂煙を撒き散らして駆ける様は、さながら悪夢の如く、とても勇者の出立には見えなかった。
目指すカイリは距離にして700㎞。
途中の森の街、リンドーで休憩をとることにした。
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