8話 魔王様のアドリブ

 美しい幼女にしか見えぬカミラーは、苦悶の顔でドラクロワの手から逃れようと、必死に小さな体をよじり

 「い、痛い!そんなに締め付けるな!一体お前は何者じゃ!?

 ん?そのお顔立ち!紫水晶の瞳……ま、正か!?正か貴方様は!?いや、こんな場所に、おいでのはずがない!」


 ドラクロワはカミラーの繊細な白い喉を、軽く押すようにして手を放し

 「久しいな、カミラーよ。近くで顔を見るのは数千年ぶりか。お前は……変わらんな。

 尻尾は隠しておるのか?」


 カミラーは二、三歩後退し、絞められた喉を押さえていたが、ドラクロワの言葉に真紅の瞳を見開き、フリルスカートの後ろを押さえ、後ずさる。


 「わ、わらわの尻尾の事を知っておるとは!

 で、では貴方様は正真正銘、本物のドラクロワ様!?い、いえ魔王様!!

 こ、これは大変なる無礼を!お許し下さりませ!!」

 弾かれたようにおののき、その場で平伏する。


 ドラクロワは気絶している女勇者達を見下ろしながら

 「カミラーよ、かしずくより答えろ。

 俺の城がどうした?」


 女吸血鬼は両手を床に、下を向いたまま

 「はい!魔王様がお姿をお隠しあそばれた間に、早見の塔の見立て通り、星の彼方より、あの邪神軍団が帰って来ました。

 彼奴等は突如、魔王様のお城を占拠し、この星の統治権は我に有、と公言し、その上で魔族の駆逐を宣言しております。

 今現在、我等魔王軍は魔王城奪回の策を練っている所です。

 しかし魔王様、何故ゆえ突然に姿をお隠しあそばれました!?

 聞けば副王アスタ様も敗れ、幹部の方々もほぼ全滅したとのこと……」

 小さなピンクの天鵞絨の背は震えていた。 

 ドラクロワは暗黒色の美しい彫像のごとく、不動で状況説明を聞いていたが、新発売の菓子を味見して感想を述べるように

 「黙れ。お前に説明せねばならん義理はない」

 実にさらっとした口調で言った。



 ピンクのロリータファッションは戦慄し、床に口づけせんばかりにピンクのカールヘアーを下げ   

 「はっ!し、失礼致しました!」



 ドラクロワは紫色の親指の爪を華奢な顎にあて、アメジストの瞳を横に流し、少しの思案の後

 「そう畏まらんでもよい。ま、お前にしてみれば、いきなり昼日中にねぐらに侵入され、剣を抜かれたのに正当の防衛をしただけのこと、本来なんの罪もない。

 ふむ。いい具合に、こいつらも気を絶しておる。

 よし、話してやろう。よく聞け、カミラー」


 「は、はい!」


 「実はな、副王アスタと俺だけしか知らん重大な作戦行動で俺は城を出たのだ。

 七大女神が大昔に預言した、勇者集結伝説は知っておるな?」


 「はい!ただの勇者ではなく、世にも珍しき光属性の勇者のみが集まり、この星の闇を払うという戯れ言にございますか?」


 「そうだ。それが如何に下らん戯れ言であれ、七大女神が存在する限り、その預言が成就する可能性はある。

 勿論、それが如何なる勇者であろうとも、俺が一蹴で散らすがな。

 俺はそれが自分の統治中にはなかろうと高を括っておったが、座興に隠密部隊に調べさせたところ、カバンネの町にそれらしき勇者の家系の者が集まっているというではないか。

 しかも、信じられんことに、皆揃いも揃って光属性という。

 それを聞いて俺は、預言成就など下らん!と一笑に付したが、ここ最近の課題である邪神復活が近いというのを思い出し、光属性のそれ等をそのまま古代支配者へぶつけてしまえという計画を思い付いた。

 だが副王が、並の魔戦将軍では光属性の勇者達を手なずけられません、と言いおったのでな。

 それならばその役、俺がやろう!と言ったら、副王は両手を上げ、魔王様!よくぞ仰られました!!と涙ぐみおった。

 それが俺の聞いたアスタの最期の言葉となったとはな……くっ!惜しい者を亡くした、な」

 大嘘つきは目頭を押さえたが、特に何も零れも滲みもしなかった。


 カミラーは顔を上げ、左手の甲を口にあてて

 「な、なんと!魔王様は極秘の作戦機動中にあられましたか!?

 た、確かに光属性の勇者であれば、邪神にも有効でありましょう。

 もしもそのご計画が公になっていれば、邪神軍団が嗅ぎ付け、先回りし、勇者抹殺に動いていたかも知れません……。

 流石は魔王様!!私のような平の魔戦将軍などには及びもつかないほどの先見と叡智にございます!」

 その美しい幼女のような顔には、王への深い畏敬の念が満ちていた。


 魔王は弱点を刺された

 「ん?そうか!?フハハハハ!!

 先見と叡智と来たか?フハハハハ!」


 カミラーは傍らに倒れた女勇者達を横目に見て

 「で、ではこの者等には、ご自身が魔王様であられる事は秘しておいでですか?」


 「無論。こいつらを邪神にぶつけるまでの辛坊だ。

 全ては魔族の永遠栄華の為である。

 邪神殲滅の暁には祝いも兼ね、この女共は真っ先に血祭りに上げてくれるわ」


 カミラーは真紅の瞳に涙を溢れさせ

 「よ、よくぞ仰られました!!

 では、この女勇者達を欺くために、私はドラクロワという勇者に他の城へ退散させられた、とする必要があったという事にございますか?」



 ドラクロワは鷹揚に首肯し

 「そうだ。お前は賢くて助かる」

 (ふぅ。こいつもバカで助かるなー)



 カミラーはまた平伏して

 「勿体ないお言葉を!!」

 のあと、急に思い詰めた顔で

 「魔王様……。な、なれば私も……その極秘作戦にお加え願えませんでしょうか?」


 「ならん!俺は幼児体型には興味がない!」

 即答であった。



 五千歳の吸血鬼は、予想だにしなかった魔王からの返答に硬直し  

 「はっ!?今、なんと仰られましたか?」


 ドラクロワは折った人差し指の関節を紫の唇にあて

 「ん?いや、何でもない。そう言えば、お前の家系の者は皆成長が遅かったな。

 それを幼児と言っては酷と云うものか……」


 カミラーは額を床に打ち付けんばかりに平伏し

 「このカミラー是非に、是非にお願い申し上げます!!

 私、カミラーは、美しく聡明な万年の計を有されます、至高の究極頂点魔王様の御傍で、微力ながらお役に立ちとうございます!!

 どんな屈辱にも耐えまする!どうか!どうか!お供の端にお加え下さりませ!!」

 小さな顔の両サイドのピンクのバネのようなカールが遂に床に着いた。


 魔王のツボにブスッと鍼が刺さった。


 「フハハハハ!!

 美しく聡明な至高?究極頂点と来たか!フハハハハ!

 俺など歴代の魔王と比べれば、そうでも、あるな!

 フハハハハ!!あい分かった!では黙って俺についてこい!」


 「はっ!有り難き幸せ!!」

 カミラーは抜けるような白い肌を朱に染めて平伏した。

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