終章~語られざる物語~・2

「じいちゃん、これ…………オレ、行かなきゃ!」

「おう、行ってこい。修行の続きは帰ってから、な」


 今にも飛び出しそうなカカオに、ガトーは優しくあたたかい笑顔をおくる。

 そしてすぐさま工房の扉を開けると……


「きゃっ!?」

「カカオ……?」

「メリーゼ、クローテ……!」


 そこでカカオは思い出した。

 このふたりはちょうど今「任務で近くに来たついでに寄ったんだ」と。


「よし、お前ら王都に行くぞ!」

「えっ、な、なに?」

「いきなりどうしたんだ、カカオ!?」


 カカオは混乱する幼馴染ふたりの手を取り、そのまま外へと走り出していった。


 それまで賑やかだった工房が、嘘みたいに静かになる。


「……さて」


 元気な孫の後ろ姿を見送ったガトーは、ひとつ大きく息を吐く。


「今回もいるんだろ、ランシッド」

『……バレるの早くない?』


 ガトーが呼びかけると誰もいないはずのそこに、人影が現れる。

 ゆるくウェーブがかった灰桜の髪と俗世離れした雰囲気の装束が特徴的の、長身の青年……時の調律者とも呼ばれる精霊で、生前は王でもあったランシッドだ。


「カカオたちは成し遂げたんだな」

『ああ、そうだよ』

「それでどうして俺やカカオにその記憶が戻ったんだ? 時空修正とやらが成されたら、みんな忘れちまうんだろ?」


 テラの時空干渉も行われなくなった世界は、修正の痕跡も残さず元通りの時間を送っているはずだ。

 それはね、とランシッドが笑う。


『俺、若くて未熟な精霊だから』

「……はあ?」

『いやね、俺も一生懸命時空修正したよ。そりゃあもう完璧なつもりでさ。でも未熟だからさー、もしかしたら万が一にも小さな綻びがあって、事件に関わりの深かった人たちの記憶ぐらいはうっかり何かのきっかけで戻っちゃうかもしれない、なんて?』


 早口でそこまで言い切ると、素晴らしい笑顔をガトーに向けた。


「…………ものは言いよう、ってヤツか」

『この世界全体としては“語られない物語”なんだけどね。彼らが“自力で思い出してしまう”なら、それは俺の力が及ばなかったってことで!』


 まあその代わり……と言いかけて、ランシッドは呆れ顔のガトーを覗き込む。


『ちなみに何がきっかけで思い出したんだい?』

「アイツは俺の孫で‎愛弟子だぞ。昨日までとどっか様子が違ってりゃなんとなくわかる。纏う空気とかな」

『うわ出た、ホント直感で生きてるんだから』


 それに、とガトーは鮮やかな緑の目を、どこか遠くへ……過去を遡るように巡らせた。


「二十年くらい前のことだ。俺は一度障気にやられて倒れたことがある。気がついた時にはベッドで寝ていたが……意識を失う前は作業場の床で、ベッドは隣の部屋だった」

『あー……』

「誰もいない家、動けても這って行くような体だったのに、不思議なこともあるもんだと当時は思ったんだが……今ならわかる。カカオたちが助けてくれたんだな?」


 最初の時空干渉は確かに二十年前のその場面だ。

 その時のカカオの行動は、些細とはいえ直接過去に関わってしまったこと。

 綻びは最初から、意図せず用意されていたんだな……とランシッドはひとり納得した。


『まあ、そういう訳で……俺も行ってくるよ』

「おう。ちゃんと見届けてこい」


 名工に促され、精霊は小さな光となってカカオたちを追いかけていく。


「……んん?」


 その後ろにもうひとつの光がついて行くのを見て、ガトーは首を傾げた。

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