69~旅路の果て~・4

 残ったのは、カカオとメリーゼ、クローテ、それに時の調律者ランシッド。

 偶然か必然か、それは物語のはじまり……最初の事件の時にいたメンバーだった。


「ああ、どうやら私も時間みたいだな」


 一足早く消え始めたのはクローテで、薄く透けた手を見て寂しげに微笑んだ。


「最後だから私も何か言っておくか。ここまで本当に色々なことがあった」

「ええ、そうね……クローテ君、いっぱい変わったものね」


 メリーゼがそう返すと、クローテは否定することなく頷いた。


「変わった……そうだな。私はずっと背伸びをしてばかりだった」

「昔から絶対弱みとか見せなかったもんな」

「そうそう、転んでもぐっと堪えて泣かない子で……」


 幼馴染の思い出語りでついつい横道に逸れそうになった話題を、クローテが慌てて咳払いで正す。


「と、とにかく……いろいろあったが、楽しかったな、と」

「うん、楽しかった」


 世界の危機にそんなことを言っては不謹慎かもしれないが……と振り返ってみると、ランシッドは彼らを咎めることなくじっと見守っていた。

 英雄たちの別れを、旅の終わりを、見届けるつもりなのだろう。


「本当に消えてしまうのか……何もかも、なかったことになるのか……?」

「クローテ君……」


 じわ、と青藍の瞳が潤み、透明な雫がぱたぱたと落ちる。


「嫌だ、私は、この想い出だけはなくしたくない……!」

「っ……!」

「オレだって……嫌だ!」


 気づけば、三人で団子になって抱き合っていた。

 時空修正されたら、次に会う彼らにはこの旅の記憶はない……だから、これは別れなのだ。


「……どうしようもないことなのに我儘で駄々をこねて、みっともないな。最後に聞いてくれて、ありがとう」


 旅を始める前なら、到底聞けないような素直な台詞にカカオとメリーゼが顔を見合わせ、笑う。


「お姉ちゃんですから」

「可愛い弟のためなら、な」

「随分と危なっかしい兄と姉だな……ふふ」


 そうこうしているうちにクローテも元の世界に帰される。

 最後に残ったカカオとメリーゼも、時間差で姿が薄らいでいった。


「……最後ね」

「ああ」

「カカオ君……いつかの話の続き、しましょ?」

「!」


 シーフォンに発破をかけられ、メリーゼにも促されれば「おう」と小さくカカオも応える。


 いつかの話。


 この流れで何のことかわからないはずはない。


 時の女神と出会った時に、なんだかんだ有耶無耶になってしまい、テラを倒したら言うと約束した話だ。


『ここで男を見せなきゃ、うちの娘は任せられないな!』

「もう、お父様はあっちに行っててくださいっ!」


 どう切り出そうか言いあぐねるカカオにすかさず圧をかける父を追い払うメリーゼ。


「……よし」


 ついに決心がついたのか、シーグリーンの目がきりりと吊り上がる。


「前にも言ったよな。オレが前に進めるのはお前がいるからだ、って」

「うん」

「だからその、メリーゼ……」

「カカオ君……」


 その瞬間。


 見つめ合う二人。

 一気に加速していく消失。


『あ、時間切れだ』

「「ええーーーーっ!?」」


 この場に仲間がまだ残っていたら、盛大にずっこけるところだったろう。

 それまで用意していた言葉も吹っ飛んで慌てるカカオとメリーゼに『時間をかけすぎなんだよ』とランシッドが呆れた。


「えっ、うそっ、そんな」

「こ、ここまで来てそんなのっ……メリーゼ!」

「は、はいっ!」

「わりぃ、続きはいつかのオレが必ず!」

「や、約束ですよー!」


 しんみりした空気も甘さもなく、ドタバタと慌ただしく。

 そして肝心なことも言えないまま、彼らもまた元の世界へと帰されてしまう。


『……はあ』


 そして最後に時精霊が、誰もいなくなった空間を見回し、溜息を吐いた。


『最後の最後でしまらないの、らしいというかなんというか……やれやれ』


 言いながら目を閉じ、周囲に光の歯車を展開させる。

 かっちりと噛み合い、規則正しく動く歯車が時を刻む音が辺りに響く。


『さて、時空修正の総仕上げだ!』


 空間に光が満ち、何もかもが、時精霊自身も、光に飲み込まれ……


 やがて、歪められた時空は元通りに正された。

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