69~旅路の果て~・2

 時の女神が消えると、周囲も何もない……ランシッドが作り出した隔離空間へと変わる。

 戦いの場であった建造物、テラの本体だったモノも程なくして消えてしまうだろうからと、ランシッドが空間を展開したのだ。


『いよいよ始まるよ……時空修正が』

「本来の時代、本来の場所……ってことは」


 言いながらブオルの体が透けていく。

 驚く皆に、やっぱりか、と呟きが漏れた。


「一番時代が遠いのは俺だからな。順番に帰るなら、こうなるんだろう」

「ブオルのおっさんっ!」


 呼び止めるカカオの声が悲痛に上擦り、仲間たちの誰もが悲しげに大男を見上げる。

 この中で唯一、二度と会うことができないのが過去の故人であるブオルだ。


『ブオル……これまでよくやってくれた』

「初代グランマニエの王にお褒めの言葉を賜るなんて、騎士冥利に尽きるってもんですよ」

『ああ。君は本当に良き臣下で……大切な仲間だ』


 ランシッドの言葉に、へへ、と照れ笑いを返すブオル。

 傍にいるだけで陽だまりのようにあたたかく、安心感を与える一行の保護者役。


「じゃあ、みんな元気でな。モラセス様やスタードにもよろしく」

「おじさま……」

「笑顔、忘れるんじゃないぞっ」


 くるりと背中を向け、俯くと「行こうか、カーシス」と、微かに震えた声を落として。

 大樹のような後ろ姿は、忽然とそこからいなくなってしまった。


「……おじさま、泣いてたわね。声でわかるわよ」

「全く、見栄っ張りでござるなあ」


 と、笑い合うアングレーズとガレも同様に手足のあちこちが薄れていく。

 ブオルの憶測が正しければ、次に遠いのは十五年後の未来から来たこの二人だ。


「アン、ガレっち……」

「あたしはね、正直嬉しかったの。この旅に参加できて」

「それがしたちは見送るだけでござった。それに……遠くで命を落としたらしいと、そう聞かされただけで。幼く未熟だったそれがしたちは、何もできなかった」


 だから、と語る二人は、晴れやかな笑顔で。


「旅が終わるのは寂しいけど、帰るのが楽しみでもあるのでござるよ。大人になった皆と会えるのだから」

「あたしたちの時代だと、みんなはまだ“世界を救い、帰ることのなかった英雄”だものね。それも、元の時代に帰れば変わっていくのでしょうけど」


 ガレとアングレーズの知る未来では、時空干渉によってカレンズ村が滅ぼされていた。

 それがカカオたちの時代に来て、テラの企みを阻止した結果、ガレたちにも本来のカレンズ村の記憶が戻ったという。


 旅の途中、その果てで倒れたカカオたちのことも、きっと……


「……」

「クローテどの?」

「同じ時代、同じ世界にいるんだ。いつか必ず、また会える……いや、会いに行くからな」


 それまで黙って俯いていたクローテだったが、振り絞るような声音で告げると、顔を上げ、ガレを睨んだ。

 それにカカオも「そうだな」と続く。


「未来じゃカッコいい大人になって、職人としても一流になってるから。驚く準備をしとけよ?」

「そうですよ。楽しみにしていてくださいね」

「カカオどの、メリーゼどの……」


 歴史が修正されれば、この旅の記憶など消えてしまうのだろうに。

 しかし誰ひとりそんなことを口にする者はいなかった。


「それじゃあ、またね」

「さよならは申さぬ。しからば、また!」


 別れの言葉は、未来への希望をもって。

 そうして二人もまた、元の時代へと帰っていった。

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