69~旅路の果て~・1

――アタシハ、負ケタノカ。


 痛ミハナイガ、チカラガ抜ケテイク……消エル、コノアタシガ……?


 イヤダ!

 独リデ消エルノハ……!


『独りではありませんよ』


……女神?


『私も、一緒です』


 一緒……


『一緒に……もう一度“生きる”のです』


 モウ一度、生キル……アタシハ……――――





『……今度こそ、貴方の物語も紡げると良いですね』


 腕の中で光になり、みるみる小さくなって消えていくテラに優しく微笑みかけると、時の女神は顔を上げた。

 そう言う彼女自身の体もあちこち不安定に……まるで時空干渉を受けて消滅しようとしているかのように揺らぎ始める。


「女神様!?」

『テラは倒されました。これまで消された世界も含め、歴史は修正されます。力を貸してくださり、ありがとうございました』


 僅かに残った光を赤子にする形で抱いたまま、女神は語る。


『ああ、この状態のことは気にしないでください。本来の時代、本来の場所に帰るだけです……貴方がたと同じように。ほら、始まりましたよ』

「!」


 気づけばカカオたちの体も同様に揺らぎ、消えようとしていた。

 けれども今まで起きた時空干渉のような、存在の不安定さや消えてしまう恐怖は感じられない。


……本格的に、時空修正が行われているのだろう。


『けれども時の女神、君は……』


 ランシッドが言いにくそうに切り出すと、ええ、と頷きが返ってきた。


『私の場合は少し違いますね。私はテラと共にあの時、あの場所にもう一度生まれます。時の女神ではなく、一人の人間として』

「え……?」

『この度の事件、全ての悲劇は私がテラに取り込まれ、時空に干渉する力を与えてしまったことから……ですので、その原因を断つのです。そしてテラも、出会いが変われば違う道を歩んだかもしれない』

『力を失うのは時の管理者自らが歴史を変えるペナルティでもある……アラカルティアの精霊に課された制約に近いね』


 時の女神が人間として生まれれば時空干渉は起きないし、そもそも人間との出会い方が変わればテラも悪意に染まることもないかもしれない。

 疑問符を浮かべる仲間たちにランシッドがそう言って補足した。


『その結果がどうなるかはわかりませんが、今度こそ……この手を差し伸べたいのです』


 過去にも災厄の眷属が、人間との触れ合いで変わったケースがいくつかある。

 ブオルはその言葉で、懐に眠る小さな黒い欠片に衣服の上からそっと手をあてた。


『これでお別れですね。短い間でしたが、皆さんと出逢えて良かった。賑やかで楽しかったですよ』

「女神様……」

『貴方がたの世界、その未来に幸多からんことを……』


 優しく穏やかに微笑んだ時の女神は、やがて光となってすうっと消える。

 同時に、契約者であるメリーゼは自身から何か繋がりが解けるような、不思議な喪失感をおぼえた。


「この感覚……女神様はテラと共に、この時代この場所から完全に消滅したんですね……」


 どうか、彼女が紡ぐ新たな物語が幸せに満ちていますように。


 カカオたちはもはや知ることも叶わないだろう遠い異世界のその先に、心から祈り願うのだった。

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